第543話 いつかは手術を受けるのだろう。

私の実父は、若いころからコントロール不良の糖尿病を抱えていた。今の私が考えるに、「糖尿病」に対する治療そのものがまだ洗練されていない時代だったこと、おそらく父は1型糖尿病だったのでは、と推測しているのだが、通院していたクリニックではSU剤が処方されていたと記憶しており、(脳梗塞で31歳の時に大学病院に入院するまで)適切な治療を受けていなかったことが関係していると思っている。


糖尿病に関連する疾患では、糖尿病性網膜症が有名だが、糖尿病に起因する白内障も(緑内障も)起こりうる。そんなわけで、父は、30代前半で白内障の手術を受けていた。


ネットで調べると、白内障手術での「眼内レンズ」は60年ほど前に開発された、とのことだった。父が白内障の手術を受けたのは45年ほど前なので、おそらく眼内レンズもあったのだろうとは思うが、おそらく当時の標準的な手術である、「濁った水晶体」を取り除くだけで、術後はメガネのレンズの中に、水晶体の代わりとなる強い屈折率を有する別のレンズを埋め込まれた、一風変わった眼鏡をかけるようになった。


人の目の「焦点」の調節は、眼内にある「水晶体」を、水晶体の周囲を囲んでいる筋肉が収縮、弛緩することによって「水晶体」を引き延ばしたり、縮めたりして調節している。水晶体も細胞でできており、細胞分裂を続けている。なので、年とともに「水晶体」内部の細胞数が増えていくので、「水晶体」が硬くなってくる。硬くなると、引き延ばしたり縮めたりすることがむずかしくなる(弾力がなくなる)。そのために焦点の調節範囲が狭くなることが、いわゆる「老眼」である。水晶体の硬化は進んでいくので、学生時代の眼科の授業では「老眼鏡は3回買い換えることになる」と聞いたことを覚えている。


一年ほど前から、院内では「患者さんと接するときには、フェイスシールドとマスクを着用すること」というルールで運用されている。眼鏡の上から耳にかけるタイプのフェイスシールドをかけるとしょっちゅうフェイスシールドが外れてしまうので、そのルールができて1週間ほどで、外来用に使っている花粉症対策メガネ(花粉が入らないように眼鏡と顔の間の隙間にプラスティック製のシールドがあるので、「ゴーグル」に近いのでは、と思って使っていた)と、フェイスシールドをセロハンテープでつるの部分で固定し、一体化して使用している。なので、眼鏡をかけると見えない病変の時などは、フェイスシールドも眼鏡も同時に外すことになるので、邪魔だし、「感染防御」という点では少し不安になる。


老眼も白内障も「水晶体」の問題であること、どちらも「正常」な加齢性変化であることから、早晩、(白内障が進み)水晶体を取り除くことになるのだろうなぁ、と入浴しながら考えた。今は眼内レンズは、単焦点型、多焦点型のものがあるらしい。ただいずれも、焦点距離は固定されており、水晶体のように伸び縮みして、焦点距離を調節するものではない。


ということを考えていると、白内障手術後の父を思い出した。父は自身のメガネの掛け方をずらすことで、自分自身で焦点距離を調節していた。普段は普通に眼鏡をかけ、手元を見るときは少し眼鏡を外し気味にして、書物を読んでいたことを覚えている。


見た目には美しくない「水晶体」内蔵型メガネではあったが、「焦点距離の調節」という点では、眼内レンズでない方が調節しやすい、自由度が高い、ということに気づいた。


18歳からメガネ(当初は乱視矯正のみ)をかけており、目に直接飛沫を浴びないためにも、多分これからも眼鏡をかけ続けることにはなるだろう。少し気は早いが、白内障の手術の時、単焦点レンズを選択するか、多焦点レンズを選択するか、どちらにしようか、少し悩み中である。

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