第525話 ワクチン外来でのあれこれ。

COVID-19や、季節によってはインフルエンザワクチンの接種などで、土曜日の午後は「ワクチン外来」を私が担当することになっている。今は、高齢者、基礎疾患を有する人のためのCOVID-19ワクチン接種を担当している。9月になれば、制限なくCOVID-19ワクチンの接種と、10月からはインフルエンザワクチンの接種も始まるので、土曜日の午後は結構慌ただしい。


ワクチン外来の問診、診察に正しいやり方があるのかどうかは知らないが、初期研修医時代に、「偉い」(院長クラス)先生のワクチン外来のお手伝いをしたことがあること、そのスタイルに問題を感じなかったので、今もそのスタイルを押し通している。ワクチン外来は土曜午後以外にも開設されることがあるので、外来看護師さんに「ほかの先生方は、ワクチン接種の時にどんなことをされてますか?」と聞くのだが、「人それぞれ」スタイルが異なる、とのことだった。ただし、看護師さんの雰囲気と、カルテ記載を見ると、多分私は結構丁寧にワクチン前の評価をしているようである。


私のスタイルは、普段の診察の「簡略版」という感じである。患者さんの呼び込み前に、問診票をざっと確認し、ワクチンを打てる状態かどうかを確認する。その後患者さんを呼び込み、お名前を尋ねる。ご本人に名前を言ってもらうことで、カルテ間違い、患者さんの取り違えがないことを確認する。そのあと、接種前の診察を開始する。


「今日の調子はどうですか?」と尋ねる。問題が無ければ、胸背部の聴診を行ない、ワクチンを中止すべきと思われる訴え、所見が無ければ、ワクチンを接種(私の枠では、私がワクチン接種する)、抗凝固療法を行なっている方については接種直前に「血をサラサラにする薬を飲んでいるので、ワクチンを打ったところを5分ほど、揉まずに押さえていてください」と圧迫止血の指示を出している。ワクチンを打ち終われば、問診票に名前をサイン(自分の名前の画数が多いので、毎回うんざり)、し、カルテに記載を行なってサインをし、一人終了!となる。これを90分程度で50人(50回)繰り返すことになるので、結構きつい。


COVID-19ワクチンだけでなく、インフルエンザワクチンや以前勤務していた診療所でもしばしばあったことだが、問診票の一番最初の項目「ワクチンの説明書を読んで、利益や副反応について理解し、接種を希望されますか」の項目に「いいえ」をチェックする人が時々おられる(本当に)。ここが「いいえ」なら、ワクチンを接種することができない(当たり前)。ここに「いいえ」とチェックをして、どうして「ワクチン接種」外来に待っているのだろうか?以前の勤務先では受付スタッフに「受付の時に、ここの欄だけは確認して、「いいえ」やったら本人にワクチン接種希望の意思を確認して、希望されているなら説明書を渡して読んでもらっていて」と伝えていたのだが、あらゆるハードルをスルーして、私の前に座られることが多い。純粋にこれは「イラッ」とする。今のような「高齢者」の方なら「説明書は読みました。ワクチンを希望しています。「問診票に記載の文章」の意味を間違えて「いいえ」としてしまいました」という方が多く、


「では、ここの問いは『はい』でいいですね」

「はい」


ということで片付くことが多く、助かるのだが、若い方や、以前の職場ではbabyちゃんのワクチン外来も行なっていたので、「添付の文章は読んでいません」とか「添付の文章は付いていませんでした」と言われる方が多かった。「いや、添付文章、問診票郵送の時についているだろう?」と思いながら、前職場では私が受付に足を運び、ご本人、あるいは親の方に注意書きの文章を渡し、その場で目を通してもらい、「内容については理解していただきましたか?ここに「副反応」の記載がありますね。頻度は低いですが、可能性としてこういったことは起きうるとお考え下さい。ワクチン接種は希望されますか?」と確認して、「はい」にチェックをする、ということは多かった。問診票を読んでもらうだけで数分の時間の無駄なので、極力、こういったことは勘弁してほしい。


時に、呼び込んだ人とは全然名前の違う人が診察室に入ってくることがある。高齢の方のワクチン外来なので、耳が遠いのはしょうがない。「すみません。お呼びしたのは別の方です。順番が来たらもう一度お呼びするので、その時に来ていただけますか」と伝えて問題になることはない。という点で、「自身で名前を言ってもらう」というのは大切である。


「今日は体調はどうですか?」というopen questionも時に悩みの種になる。ほとんどの人は、「普段と変わりません。体調はいいです」と答えてくださるが、時に「3日前から~」と、体調不良を言ってこられる方がいる。一過性のもので、「今は大丈夫」という方は身体診察で問題が無ければ、「まぁいいでしょう」とワクチンを接種することにしているが、時に重症の方や、そこまで行かなくても「それ、あかんやろ」ということがある。


一度、患者さんを呼び込んだら、問診票には「体調は良い」にチェックしているにもかかわらず、入室時から顔色が悪くて喘鳴を呈している人が入ってこられた。ワクチン外来の問診ではなく、通常診療の問診として、「今日はどうされましたか?」(微妙な表現の違い、分かっていただけますか?)と聞くと、2日前からゼーゼーして、横になるのも息苦しい、とのこと。坐位でも頚静脈の怒張が見られ、下腿浮腫も著明。胸部聴診は全肺野にcoarse crackleを聴取した。うっ血性心不全の急性増悪であり、「ワクチン接種」なんて状況ではないことがあった。患者さんと一緒に来られたご家族には、「2日前からずいぶん体調がお悪いようなので、今日のワクチン接種は見合わせです。お身体を診ると重症だと思うので、時間外担当の先生に診てもらいましょう」と伝え、時間外待機の先生に診察を依頼。うっ血性心不全急性増悪で患者さんがそのまま高次医療機関へ転院、入院、となったことがあった。


昨日も、「今日は調子はどうですか」と尋ねると、「今日は調子はいいのですが、4月ころから足のこの辺りが…」とお話をされた方がおられた。「すみません。今は『ワクチンを打っていいかどうか』確認のための診察なので、その症状については、主治医の先生に診てもらっていただけますか?」と話を遮らざるを得ないことがあった。患者さんは「そうですね。失礼しました。おほほ」と笑っておられたので、機嫌を害されたわけではなかろうと思っている。


問診の後の身体診察については、以前勤務していた診療所では、舌圧子(口をあ~んと開けたときに、ベロを押さえる平たい棒)は金属製で、洗浄、消毒の後滅菌をして再利用していたので、咽頭も診察していたのだが、一つは、当院では木製のディスポ(使い捨て)なので、ちょっともったいないこと、一つは咽頭診察を加えるとどんどん外来時間が長くなるので、問診で「咽頭痛」を訴えた方以外の咽頭診察はskipしている。


前胸部、胸背部の聴診では、時に、喘息発作を疑うようなwheeze、間質性肺炎を疑うような背側両下肺野のfine crackleを認めることがある。喘鳴については、ワクチン接種を中止し、時間外担当の医師に引き継いで、治療をお願いすることが多い。後者については、「今まで、主治医の先生から「肺の音が良くない」と言われたことはありますか?」と尋ね、「ない」ということであれば、「ワクチンを受けに行ったときに、『背中の肺の音が悪かったから主治医の先生によく診てもらえ』と言われた、と伝えてください」と声をかけて、ワクチン接種を行なっていることが多い。ちなみに、両側背側下肺野のfine crackleは「間質性肺炎」を示唆することが多い。大慌てで医療介入が必要なことは少ないが、しっかり介入しても、致死的になることもある慢性の疾患である。


呼吸音だけでなく、心雑音も良く聴取する。収縮期雑音の方が、拡張期雑音より目立つので、「大動脈弁狭窄症かなぁ」、「僧帽弁閉鎖不全かなぁ」、という雑音をよく聴取する。かつて、ワクチンに来られた患者さんがことごとく心雑音を有し、「何じゃこれは?」と思ったら、心雑音を聴取した患者さんのほとんどが循環器内科に定期通院中、つまり、「循環器内科定期受診中の方が集中した」だけだった、ということがあった。こういうことなら良いのだが、それなりの心雑音を聴取し、「これまで、主治医の先生から、『心臓に雑音がある』と言われたことはありますか?」と尋ねても、「いいえ、そんなこと、今まで言われたことがありません」という答えが返ってくることが多い。他院に定期通院中の方であれば、「ワクチンを打ちに行ったら、その医者から『心臓に雑音があるから詳しく調べてもらえ』と言われた」と伝えてください」とお伝えしている。当院に定期通院中の方であれば、外来カルテを確認し、外来カルテで、心雑音の記載がない方については同様に「次の〇〇先生の受診時に、『ワクチン担当の先生から心臓に雑音があると言われた。ワクチンのカルテに書いてあるので確認してほしいと言われた』と伝えてください」と伝えている。もちろんカルテには、どの部位にどのような性状で、どの程度の大きさだったのかを必ず記載している。


COVID-19ワクチンは筋肉注射であるが、高齢の方では抗凝固療法(血をサラサラにする薬を飲んでいる治療)を受けている方が多い。筋肉内に血腫を作ると大変なので、抗凝固療法を受けられている方には「ワクチンを打った後、5分ほど接種したところを『揉まずに』押さえておいてくださいね」と説明し、説明した旨もカルテに記録しておく。


そこまで済ませて、ようやくワクチン接種、となる。これがまた悩ましいところである。


COVID-19ワクチンは「三角筋内に筋肉注射」と注射部位が指定されている。ただ、人によって三角筋の筋肉量が大きく違う。特にサルコペニアの女性では、触診しても、皮膚のすぐ下に上腕骨が触れ、解剖学的に考えても、三角筋の厚さが数mmくらいしかないんじゃないか、と思う人がしばしば来られる。その時は「おそらく三角筋内であろう」と思われる深さで針を止めてワクチンを接種している。気持ちとしては「寸止め」であり、もう少し針を進めれば、針先が上腕骨にあたるだろう、これ以上浅ければ、皮膚外に薬液が漏れるだろう、というところでワクチンを接種している。


精神科に通院中の方もワクチン接種に来られるのだが、薬剤でしっかり病状が関連していれば、ワクチン接種は全く問題はないのだが、昨日、下記のような方が来られ、少し苦労した。


上述のようにワクチンを接種していると、待合室からガヤガヤする声と、時に怒鳴り声が聞こえてきた。患者さんが何に対して怒っているのか、外来を監視中のスタッフも良く分からなかったようである。


しばらくしてその患者さんの順番がきたので、患者さんを呼び込んだ。「福田さん(仮)、診察室にどうぞ」と呼び込むと、患者さんは何やらブツブツ言いながら診察室に入ってきた。外来ではワーワーと叫んでいたのだが、おとなしくなっておられた。


「確認のため、お名前をお願いします」と伝えると、

「福・・・福田?…」と苗字を名乗るが下の名前を答えてくれない。


「下のお名前は何ですか?」と尋ねたが、

「福田・・・福田…?」とそれを反復し、そこから話は先に進まない。


しばらく聞いていると、

「福田…、4本?3本?…〇△◇×。。。」と混乱している。しばらくして、「福田…雅人(仮名)、福田 雅人」と下の名前が出てきた。問診票は乱雑な文字で記載されているが、なんか様子が変だ。今日来たのはワクチンのため、と答えられた。


待合室の振る舞い、診察室の受け答えから考えると、#1薬物中毒、#2 統合失調症、#3 Wernicke-Korsacov症候群などが思われた。とりあえず、ワクチン接種の不適合者ではないと判断してワクチンを接種したが、一体あの人、何だったのだろうか?変な薬物中毒でなければよいが、と心配している。


そんなわけで毎週ワクチン外来をしているのだが、ワクチンを打ちに来ただけの人に「あそこが悪い」だの「ここがおかしい」だのと言って「主治医に診てもらってください」というワクチン担当医、私くらいではないだろうか、と思わなくもない。

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