第522話 まず「そのこと」を言わなきゃ!
マイナ保険証について、私自身はこれまで否定的な印象を抱いていた。「これまでうまく機能していた健康保険証を、なぜトラブル続きのマイナンバーカードと一体化するのか?」という疑問に対して、政府も「あぁ、それならしょうがない」と思わせる実態なり、事実なりがはっきりしていなかったので、納得しづらかったのである。
金曜夜の当直は常勤の先生が当直しておられ、私が出勤してくる午前7時ころにはNHKのニュースをテレビで見ておられるのが常である。今日も私の出勤時にニュースを見ておられた。私も何気なくテレビを見てしまった。その時に流れてきたニュースがびっくりだった。
「従前の健康保険証で、なりすましなどの不正使用が年間600万件ほどに上る」とのことだった(私の記憶なので、間違いがあったとしたら申し訳ない)。
そういえば、と思い出したことがある。これは、もう「時効」として許してほしい。
私が中学生のころだった。学年は異なるが、修学旅行先で、引率した先生の一人が急に高熱が出たそうだ。ただ残念なことにその先生は保険証を持ってきていなかった。その当時は健康保険証は「各家庭」に1枚で、今のように「各個人が保険証を持つ」ようになったのは、この10年そこらの話である。
先生方は、その先生の受診が必要、と考えたのだが、どうしても自費診療ではお金がかかる。確かその当時は健康保険組合であれば、被保険者は自己負担1割、その家族は3割となっていた。なので、保険なしでは10倍、いや、自費診療なら、健康保険の点数に縛られることはないので、実際は病院の言い値になってしまう(交通事故などは健康保険ではカバーされず、多くの場合、自動車保険から最終的に診察料が支払われるので、病院によっては「自費診療は、保険点数で計算した金額(保険点数は1点=10円)の2倍」と決めているところもある。
発熱された先生は若い男性の先生だったので、たまたま保険証を持ってきていた別の若い先生の名をかたって、病院を受診し、治療を受けたそうである。「あの時は参ったよ」と授業の中の雑談で話していたことを記憶している。
当時はものを知らない中学生だったので、「わはは」とクラス中が笑っていたが、実際はとんでもない犯罪行為である。
現時点でもそのようななりすましなどが年間600万件起きている、となれば「保険診療」を成り立たせるうえで「非常に由々しき事態」である。
色々なトラブルや手間があったとしても、この「600万件」を「100万件」に減らすことができるのであれば、マイナンバー保険証への移行は有意義であり、合理的でもある。
このような問題はおそらく「厚生労働省」が抱えていて、この問題に対する危機感を「デジタル庁」と共有できていなかったのであろう。
わざわざ「マイナポイント」なんてことをしなくても、
「現在の健康保険制度では、年間600万件の不正利用があります。マイナンバーカードと保険証を一体化することで、この不正利用を防止していくことができます。皆さんが健康保険に支払っている高いお金を不正利用させないためにも、マイナンバーカードの作成と、マイナ保険証の推進にご協力ください」
と強く宣伝すれば、もっとスムーズに話は進んだのではないだろうか?
心理学的には、「これをすれば『こういう利点』をえられる」というよりも、「これをしなければ、あなたが今持っている『こういう利点』を失うことになる」と「損になる」とアピールする方が、行動のモチベーションは上がりやすいようだ。
実際に私も、そのニュースを見て、「あっ、マイナンバーカードを作って、マイナ保険証を進めて、従前の保険証の不正利用を防止しなければ」と思ったほどである。
国家があまり煽動的になりすぎるのは良くないと思うが、現行のシステムに大きな問題点があるのなら、それははっきりさせた方がいいと思う。
それに、「マイナンバー保険証」に一本化するのであれば、もっと議論を深めて、健康保険制度そのものにメスを入れる良い機会だったのではないだろうか?現在健康保険を担っている組織は複数にわたっており、さらに後期高齢者医療がのっかっているわけである。複雑なシステムを単純化かつ効率化することで、国民皆保険制度の存続、改革を行なうべきであり、そのチャンスだったのではないだろうか、とも思う。
現行のシステムが深刻な問題を抱え、過度に複雑化しているわけであるから、従来の保険証を廃止して、マイナンバーカードと保険証を一体化する、と決めた段階で、さらに深いところからの改革ができたのではなかろうか、と思うと同時に、「こんな改革のチャンス、めったにないのに、なぜ浅い議論で早急に事を進めたのだろうか」ともったいなくも思う。「国家百年の計」なんて、全くの死語だなぁ、と残念に思う次第である。
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