第519話 救急の現場、大混乱になると思うんだけど。

マイナ保険証、政府は本気で進めるようだが、私は「救急の現場」が一番災難ではないか、と不安に思っている。


ERで仕事をしていたころは、救急搬送されるのは必ずしも「しっかりした親族」がついてくる、という方ばかりではなかった。1人暮らしで脳血管障害で倒れ、身動きが取れずに3日間倒れたまま、たまたま異変に気付いた郵便屋さんとか新聞配達の人、近所の人が警察を呼んで屋内に入り、糞尿まみれで褥瘡もできている状態で倒れているところを発見され、意識障害のある状態で搬送された、なんてことも珍しいことではなく、また、ご自身で救急車を呼んでも、実は命にかかわる疾患で、しかも独居で親族は遠方、なんてこともこれまた珍しいことではなかった。


交通事故などは、健康保険の適応外なので、あまり問題にはならないが、前述のような状態の方が搬送されると、メディカルスタッフだけではなく、事務スタッフも大慌てであった。持ち物から名前や生年月日が分かるもの、親族の連絡先が分かるもの、そして「保険証」を探さなければならなかったからである。


現行の保険証であれば、「保険証」が見つかり、それが「有効」であることが確認できれば、その後の治療は「保険診療」で対応できる。


しかし、「マイナ保険証」だけになるとどうだろうか?厚生労働省の「マイナ保険証の使い方」についての動画を確認すると、読み取り機にマイナカードを差し込み、「顔認証」か、「暗証番号」で本人確認をする、となっている。動画では、「車いすに座っていても顔認証可能」とうたっていたが、ストレッチャーで横になっていたらどうなのだろうか?マイナカード受付機は顔認証のカメラと一体型になっているものしか見たことがないが、保険証の認証のために、例えば心肺蘇生が必要な方を、受付機のところに移動させるのだろうか??


「暗証番号」でも本人確認が可能、ということになっているが、よほど近しい親族ぐらいしか、「暗証番号」を渡せないだろう。となると、結局「救急搬送」された重症の方であればあるほど、保険診療が受けられなくなる。


「ER」は単独の診療科としては「黒字」とはなりにくい部門である。政府は「マイナ保険証」が使えなかった患者さんが「10割負担」とならないような施策を取る、と明言しているが、それは「医療機関」が7割を肩代わりする、という方針になりそうだ。


実際に、手元に保険証がなく、自費診療でいったん診察を受け、後日保険証を提示、あるいは、時間が経てば健康保険組合に申し出て差額を返してもらう、ということはしばしばあることだが、これも、「保険証」を「視認」できればよい、となっているから回ることであって、暗証番号だなんだ、なんてこととなれば困ったこととなってしまう。


私が個人的に思っているのは、保険証と紐づけすべきものは「」であって、「マイナンバー」と紐づけするのは不適切ではないか、ということである。本来、「マイナンバー」を全国民に割り付けたのは、そういうことではないか?特別な場合には、マイナンバーから健康保険情報を引き出せるようにしておく必要があるのではないだろうか?


極めて拙速な議論で、従前の保険証の廃止が決まったが、本当に現場の意見を聞いて、現場にとって「使いやすい」システムを構築する、ということはできなかったのだろうか?「マイナ保険証」、あの「COCOA」みたいに慌てて作らなければならないものではないだろう?


1人の医療従事者として、「マイナ保険証」、現場の様々な状況を十分に検討して制度設計されたとは思えない。


こういうところからも、「日本国、いや日本政府の劣化」を感じざるを得ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る