第515話 いつの間にか、早飯食らい(医者の早飯)

先の話でも「医者の早飯食らい」という話をした。これはある種職業病なのかもしれないが、私の場合、単純に「職業病」だけで済ませられないところもある。


私が幼稚園や小学生のころ、食事を取るのが「すごく遅い」子供だった。私の子供のころは、お弁当や給食の時間の後に「お掃除の時間」があった。机を教室の後ろにずらされて、周りが掃除をしている間、私は給食を食べ続けていたことを覚えている。決して遊びながら食べたりしていたわけではなく、「早く食べよう」と頑張って、その体たらくであった。なので、子供の私の深層心理に「ご飯は頑張って早く食べなければならない」という想いが刷り込まれていったのだろう。


学年が進むにつれて、少しずつ食事の速度も速くなり、みんなと同時に「ごちそうさま」ができるようになってきた。


それはそれでよかった、と思っていた。高校生時代は、昼休みすべてを「ギターの練習」に使うため、3時間目と4時間目の間の10分で食堂に行き、昼食を取っていた。それくらいの速度になったのである。


子供のころからずっと、「ご飯は早く食べなきゃいけない」と思い続けていたのだが、彼女ができると、これが「困った習慣」となってしまった。当時は「彼女」であった妻と食事に行くと、私があっという間に食べてしまい、彼女が食べ終わるのを手持ち無沙汰で待つことになった。もちろん会話を楽しみながら食事をしている「はず」なのだが、出てきたお皿を「バクバク」とすぐに食べ終わってしまう。


彼女(妻)からは、「一人でさっさと食べ終わって、手持ち無沙汰になっているなんて、デートとして良くないと思う!私のペースに合わせて食事を楽しもうよ」と指摘されること頻回であった。ところが、それまでの20年近くずっと「食事は急いで食べないと取り残されてしまう」と思いながらの食事だったので、真逆のことがすぐには対応できない。二人で食事に行くたびに「食べるの早すぎ~!」とたしなめられることがしょっちゅうだった。


そんなこんなで年月を経て、ありがたいことに私は「研修医」となることができた。「研修医」であろうと「部長先生」であろうと、急性期病院で患者さんがどんどん搬送されてくる病院なら、ゆっくりとご飯を食べる余裕はない。隙間時間を見つけて、ご飯をかきこまなければ食事にはありつけない。職員食堂は14:30までだったのだが、食事のリクエストを出していても、ありつけないことはしょっちゅうだった(それでも給料から食事代が引かれていたのは悲しい)。夜は夜で、当直に入っていたら食事のタイミング、と言えば深夜0時ころ、少し患者さんが落ち着いた頃であった。病院の目の前にあったコンビニで食事を買って、かきこんで食べる。


「健康のためには、一口30回嚙みましょう」と言われているが、そんな余裕はなかった。お弁当などを10分くらいで食べ終えて、仕事に戻る、ということをしていた。


研修医時代は「昼食にありつけない」ことは日常茶飯事であったが、診療所に移ると、さすがにそれはなくなった。有床診療所だったので、栄養科が患者さんの食事を用意し、そのついでに、申し込めば昼食や当直時の夕食、当直明けの朝食を用意してくださった。


もちろん、時間が過ぎたから「食べられません」ということも無くなり、よほどのことが無ければ、13:30くらいまでには昼食を食べることができるようになった。だが、もう30年以上「食事は大急ぎで食べる」ということを無意識のうち、そして研修医時代に叩き込まれたわけであるので、食事は早かった。


当初常勤医は4名だったが、北村先生を除く3人は早飯食らいだった。特に源先生は、食事時間が短い医師の中でも特に早かった。私より後に食べ始め、私より先に食べ終わるのである。主菜、副菜2品、ごはんのメニューだったが、5分もかからずに食べ終わっておられたと記憶している。さすがにそこまで早く食べることはできなかった。


今は、子供たち二人がお弁当生活なので、一緒にお弁当を作ってもらい、昼食は医局でお弁当を食べている。なので、食事が速いのか遅いのかは不明だが、食事の速度が変わった、というわけではない。


「食事中もいつ呼び出されるか分からない」「一度呼び出されたら、いつ食事に戻れるか分からない」となれば、やはり早食いになってしまうのはしょうがないのだろう。

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