第512話 変えないといけないのは、「雇用形態」か?

先日発表された、岸田内閣の「骨太の方針」。雇用については、従前の「終身雇用、年功序列」が、社会の成長を妨げている、として、「リスキリング」「ジョブ型雇用」を推進する、という方針を発表した。


一方で、「ジョブ型雇用」が一般的とされているアメリカでは、最近「ジョブ型雇用」の問題点を挙げ、「企業への所属意識」が生産性をあげる、として日本の「メンバーシップ型雇用」の利点を挙げる論評が出たりしている。


結局、雇用形態がどうであれ、「再就職時には、ということが常識」となっていれば、雇用の流動性は生まれないだろう。「もうこんなところでやってられるか!」と心底思わなければ、「給料が減る」ことを考えると転職に二の足を踏むのは当然だろう。


さらに大きいのは「非正規雇用」の問題である。人材派遣業者に人材を依頼する場合は、「正規で人を雇う」よりも大きな金額を払い、派遣できた人材に渡される給料は、その職場で正職員で働くよりも「給与が低い」ということである。有期限雇用から無期限雇用に変更を促す法律を作れば、それを「抜け穴」とした不自然な「雇い止め」と「再雇用」みたいなことや、日本の「頭脳」でもあった「理化学研究所」での「研究者雇い止め」みたいな鹿が起きるわけである。


「ジョブ型雇用」と言っても、「45歳定年説」が唱えられるくらい、「年齢信仰」が強い国で、しかも、何も生み出していない「人材派遣会社」が一番の分け前を取っていくのであるから、国民は貧しいままだし、国民が貧しくて、物価が挙げられなければ、生産性が上昇しないのは「当たり前」のことである。


生産性=付加価値/人件費で算定されるわけなので、雇用形態など分母の話だけをしていても、生産性の上昇には限度がある。分子を増やすためには、日本の「技術力」をあげなければならないわけであり、そこに手を加えずに「生産性」が上がるわけがない。人件費を下げるには限界があるのだ。


日本のアニメーターがどんどん中国に流れていく、という問題が一時話題になった。中国では原画1枚の単価が明らかに日本の10倍以上支払ってくれるそうである。なので、中国での給料が5倍になったとしても、単価が10倍になっていれば、生産性は2倍向上しているのである。アニメータは日本でも、中国でもわけであるので、生産性が単純にのは明らかであろう。


日本の原画の単価が安いのは、発注元が値段をあげないわけで、発注元は安い価格でアニメを作り、放映権だけでなく、著作権に付随するなんやかんやで利潤をあげ、「クリエイティブ」な仕事をしていない人のところに一番お金が落ちるようになっている、というところが問題である。


日本の他の分野でも、結局同様のことが起きており、イノベーションへのモチベーションが上がらないのは、そこに起因しているのではないだろうか?「3年後には首を切られる」という職場のために、「職場をよくしよう」という提案をする気にはなれないのは当たり前だろう。


人材流動性の改善を目指すのであれば、、ということを強化、あるいは強制化しなければ、生産性も上がらなければ、国も貧しくなる一方である。「労働力」を右から左に動かすだけで「大きな利潤」を手にする「人材派遣会社」の存在や「非正規雇用」の問題を解決しなければ、いくら雇用形態を変えようが、労働市場に変革が起きるわけもない。それと、「その組織にいることを誇りに思える」という「帰属意識」を養わなければ、結局その企業は「一つのチーム」ではなく、「それぞれ固有の能力」を備えた人の「寄せ集め」にしかならない。それで「いいもの」が生まれる、なんて訳がないではないか。


昔持っていた本で、Apple社の創業から(確かintel搭載Macが出る前まで)のエピソードをまとめた本を持っていたことがある。私自身も仕事を始めるまではMac fanで、LC525、iMac2代目、iBook初代を使っていた。Intel prosessor搭載Macが発売されるまではMacに愛着を持っていたので、その本を購入した。そこにはMacintoshの開発中の時の社内の雰囲気が書いてあった。エンジニアは誰に命じられたわけでもなく、率先して共通のTシャツを着ていたそうだ。そのTシャツには、海賊船のどくろマークが描かれていて、その下に、英語で「週96時間勤務。まだまだ働ける」と書いてあったそうである。


当時のPCとしては画期的なGUI(Graphic User Interface:画像を用いたPCの操作。今では当たり前となっている、「アイコンをクリックしてソフトを立ち上げる」、ということ。それをメジャーなものにしたのはMacの功績)を使うなど、それまでのPCとは明らかに一線を越えた先進的なPC。それを生み出すという想いで一丸となっている社内の雰囲気を表したエピソードだと思われる。社内やチームに、そのような「チーム感、一体感」が無くて、なぜ新たな価値を生み出せるのだろうか?そのために働くのが経営者ではないのか、と思うわけである。


そんなわけで、「骨太の方針」、なんかピンボケだよなぁ、肝心のところで「分かってないよなぁ」と思う次第である。

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