第507話 その広告、ちょっとまずいのでは…?

今朝の朝刊に乗っていた広告。某有名会社のサプリメントの広告だった。個人的には「サプリメント」は信用していない。というのは、もし「本当に効果のある」成分だとしたら「製薬会社」が放っておかないからだ。


今はどんどん「生物学的製剤」が生まれてきており、ターゲットとなる分子を標的とする「抗体」を捕まえることができれば、基本的技術はその後は共通しており、モノクローナル抗体を作成、精製して完成、となるのだが、私が大学院生だったころは、その過程そのものが最先端の研究だった。


その当時の「製薬」と言えば、何らかの生物学的効果を有する(仮にそれが有害だとしても良い)物質を「発見」することから「製薬」が始まった。そのもととなる物質を「リード化合物」と呼び、リード化合物が見つかれば、それをモディファイした物質を一万種類くらい作り、それぞれの生理活性や毒性などをしらみつぶしに調べていく。そして「薬になりそうなもの」が見つかれば、それを第1~第3相試験で本当に「薬」として使えるかを確認してようやく薬となる。


なので、製薬会社は「リード化合物」を必死になって探している(これは今でも)。そして上記のようにして薬を作り上げるので、一つの薬剤を作るのに数百億円の研究費がかかるわけである。その代わり、その薬がヒットすれば、数千億円の収入となるわけで、「より良い薬」を作るために、「より効果のある」リード化合物を今も血眼になって探しているのである。


なので、製薬会社が見向きもしなかったものについては、原則としてすでに製薬会社はその物質が「薬」として成り立つかどうかを確認し終わり、「薬にはならない」と判断したものである。「薬になる」と思えば、製薬会社は全力でぶつかってくるわけである。


患者さんから、「〇〇社のサプリメント、効果があるって聞いたので、飲んでもいいですか?」と聞かれることは多い。その時には私は、上記の話をして、「そんなわけで、効果についてはあまり期待しない方がいいです。ただし、中には、いい加減な物質を入れたり、ステロイドなどの「くすり」を混ぜ込んだりしている「悪質」な会社があるので、もしサプリメントを飲みたい、と思ったら、「名前の通っている会社」のもので、「値段」もそこまでおかしくないものにしてください。不自然に高いものは「怪しい」と思ってください。そして、飲み始めて、体調が悪くなったと感じたらすぐに飲むのをやめてくださいね」と説明している。


閑話休題。そのサプリメント、しっかりした会社が作っているものだが、広告の宣伝文句が非常によろしくない、と思った。そのキャッチコピーは、


「70代、医者に行っても、湿布だけもらって帰ってくる」


というものだった。多分この会社、いま厚生労働省の中で、この「湿布」問題がどれだけ大きなものになっているのか知らないのだろう。この会社、本業は食品系の会社なので、このような「医療」での問題点に「疎い」のはしょうがないのかもしれないが。


高齢者の増加に伴い、高齢者に使われる医療費が医療費の大きなものを占める、というのは容易に理解できるだろう。医療費の大きな問題は、「高齢者の医療」と、「一部の先進的かつ高額な保険医療」である。


後者については、一つ一つの症例が「高額」であるにもかかわらず、「高額療養費制度」で、一定の金額を払えば(とはいえ患者さん、ご家族にとっては大きな金額だが)、その残りはすべて健康保険制度で支払ってくれるので、一例当たりの負荷が大きい。私は幸いにも書いたことがないが、私が医学生の時に参加していた勉強グループで懇意にさせてもらっていた「医学教育計画室」の先生。心臓血管外科がご専門で、大動脈解離の緊急手術後、合併症などを併発すると、すぐに保険点数が100万点(1000万円)を超えてしまうそうだ。


今はどうなっているのか知らないが、その先生が臨床を中心にされていたころは、診療報酬が一カ月に1000万円を超える場合には、詳細な経過と、その治療が必要であった理由を細かく書かなければならなかったそうである。現在は薬剤1剤が数千万、あるいは1億円を超える薬剤があるので、今もその基準ならたくさんの医師が注釈を書かなければならないだろう。


そんなわけで、高価な薬剤を使う、あるいは様々な機械を使って集中治療を行なう場合には、その基準は簡単に超えてしまう。全力で救命に注力する患者さんに対して使うお金は必然的に高額となる。


その一方で、高齢の方は、「一病息災」というわけではないが、何らかの慢性疾患を持っており、定期通院されている方が多い。そのような方は、一人一人の医療費は高額でなくても、数の暴力で医療費を圧迫する。


もちろん、定期的に通院してもらい、わずかな変化を見逃さないことで疾患の重症化を防ぎ、医療費の増加をある意味抑えている部分はあるのだが、厚生労働省では、現在保険診療で提供中の医療の中でも、「市販薬」で代替可能なものについては、「保険診療」から外すことを「」考えている。


その中でも「湿布」はその最たるものである。現実に「湿布」は保険診療で制限がかかっていて、5年ほど前に「1回の受診で処方できる湿布の枚数は70枚(多くの湿布が一袋7枚(一週間分)なので、1回の受診で10袋まで)」と制限がかかった。このころ、私は前職場の診療所で働いていたが、それまでは1回の受診で、湿布を12袋くらい希望される方が多かったので、この制限に対して、不平を言うご年配の方は多かった。そして今は、1回の診察で「63枚(9袋)」と制限が厳しくなっている。


実際に厚生労働省から、「風邪症候群など軽症で一般的な疾患に対する投薬や、湿布など処方される頻度が高く、なおかつ生命予後に影響を与えない薬剤や、それらの疾患に対する診療報酬は「」こととする」という議論を行なっている、というアナウンスがある。


医療費削減は、そこまで差し迫った状態となっている。もちろんこの議論に対して、医師会や保険医協会など、医師で作る各団体は反対の声をあげている。これは自分たちの収入の問題、というだけでなく、実際に「『本人は軽症』と思っていたが実は『命にかかわる重篤な疾患』だった」ということは、それほど珍しいことではないからである。


閑話休題。そんなわけで今、医療行政では「湿布」の問題は深刻で、丁々発止の議論が行われている最中なのである。そこに、


「70代、医者に行っても、湿布だけもらって帰ってくる」


というキャッチコピー。今、一番厚生労働省が「してほしくない!やめてくれ!」と強く思っている受診の仕方である。


朝刊のその広告を見ながら、「この会社、怖いなぁ。このコピー、爆弾発言やで」と思ったのが正直な感想である。厚生労働省や、いろいろな団体からクレームが殺到しなければよいが、と思った次第である。

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