第503話 電光石火!

次男君がCOVID-19に感染したので、普段外来で使っている私個人が購入したパルスオキシメーター、土曜日の仕事が終わったら持って帰ろうと思っていた。私がCOVID-19に罹患した時も、結構SpO2は不安定だったので、比較的元気そうな次男君ではあったが、何かあっては、と考えていたのだが、どうも詰めの甘い私。うかつにも、帰宅してから、「あぁ、パルスオキシメーター、持って帰ってくるの忘れた!」と気が付いた。少し気にはなるが、次男君、活気もあり、顔色も悪くない。ご飯もバクバク食べているので、「まぁ大丈夫か」と、病院にとりに戻るのはやめておくことにした。


個室隔離4日目の今日も、次男君は問題なく過ごしていた。夕方になり、お風呂の時間となった。各家庭で「お風呂」と「夕食」のどちらを先にするのか、というのはそれぞれだと思っている。私の実家では、「夕食」の後に「お風呂」がデフォルトで、旅行の時など、先に温泉に浸かってから夕食、というのはなんとなく落ち着かなかった。


子供たちが生まれ、今の家に引っ越してから、家族はみんな、「お風呂」の後「夕食」という習慣がついていた。もしかしたら、妻の実家がそういうルールだったからかもしれないし、幼稚園や小学校で汚れた身体をしっかり洗ってから「ごはん」にしようという妻の考えだったのかもしれない。


私は子供が寝るころに帰宅していたので、「お風呂」が先だか「夕食」が先だか、よくわからない生活となっていた。そうこうしているうちに、休職したり、今の職場に移り、夕方には帰宅するようになったので、もう今は、「お風呂」→「夕食」が家族全員のデフォルトとなっている。


今日は、長男君が訳の分からない「風邪症候群」、次男君は「COVID-19」だったので、自動的に風呂の順番は、私→妻→長男→次男、という順番になった。私は湯船につかるときは熱めのお湯が並々と湛えられているのが好きなのだが、妻が先に入ると、湯船のお湯がずいぶん減った状態になってしまっているのが一つ、「熱めのお湯」が好きなので、入れたてのお湯がうれしい。というわけで、わがままながら、一番風呂をもらうことが多い。そんなわけで、私→妻→長男と入浴し、次は次男君の番となった。


家を買うときに、妻と私が「譲れない条件」としていたことの一つは、「リビングを通らないと2階に上がれない」ということだった。子供たちが成長し、懸念していたことは起きていないが、玄関からダイレクトに2階に上がれるようになっていると、子供たちが誰を連れて2階に上がっているのか分からない。それは困る、ということで、リビングを抜けて2階に上がるようになっている。なので、リビングからドアを開けると、風呂、トイレ、2階への階段、という構造になっている。


一応次男君は「自宅内隔離」状態なので、風呂に入るときは、リビングと風呂、階段につながるドアを閉めて、我々のエリアと接触がないようにして入浴していた。


夕ご飯の準備をして、座卓でぼんやりとしていると、突然、何か大きなものが倒れる音が聞こえた。方向としては、風呂や2階につながるドアの方から聞こえた。次男君はお風呂、妻は2階にいたので、どちらが立てた物音か、何が起きたのかもわからない。大慌てでリビングのドアを開け、「大丈夫か!」と声をあげた。返事も帰ってこず、まず風呂の方を見てみると、次男君が倒れたようだった。


「大丈夫か?」と聞くと、立ち上がって「血の気が引いた」という。顔色は真っ白だ。少し立ち上がったが、「目の前が真っ白になってきた」という。大急ぎでキッチンに置いてある座椅子を脱衣所に置いて、座ってもらう。「息苦しい?」と聞くと、「少し苦しい」と。


「しまった!こんな時にパルスオキシメーターがないなんて!」と、忘れ物を大変悔やんだ。鑑別診断は、


#1 湯あたり(長風呂だからね)

#2 肺塞栓症(COVID-19による血栓傾向+居室内での運動不足で下肢DVTができ、たまたま入浴時に血栓が飛んだのかも?)

#3 COVID-19そのものによる低酸素血症。Happy hypoxiaになっていたが気づかず、入浴を契機に低酸素血症が顕在化したか?


などを想定した。いずれにせよ、次男君は風呂から上がったばかりで身体も拭けていない。とりあえず、次男君の部屋に置いてあったペットボトルの飲みかけのお茶を渡し、「あんた、まずこれ飲み」と水分を取らせながら身体を拭く。頭がびしょぬれだったので、頭をゴシゴシ拭くと「父、やめて。めまいがひどい」とのこと。なので、体幹や四肢を拭いていった。


何よりもまず「狭い脱衣所ではなく、広い居室で臥床してもらう」ことが先だと思い、身体を拭いて、下着をはかそうとしていると、2階にいた妻も降りてきて、「大丈夫?OS-1飲んだ方がいい?」と聞いてくる。こちらは「早く横になってもらい、脳に血液を回さなければ」ということと、前述の鑑別診断を基に呼吸の様子などを観察していて、言葉が出ない。


次男君が「OS-1のリンゴ味が欲しい」と妻に伝え、妻がそれを持ってくる。私はある程度身体を拭いてあげたが、身体は少し冷汗がにじんでおり、「ありゃ、困ったなぁ」と思った。とりあえずパンツだけはかせ、「とりあえず、部屋で横になろう。まずそれから」と次男と妻に伝え、次男君は、隔離中の部屋に入っていった。「体は暑いねん」と布団に入ることを嫌がったので、「畳の上でいいから、横になり」と伝え、毛布で下肢を挙上した。


「ちょっとしんどいの、楽になってきた」と次男君が言う。顔色は悪いままだが、爪甲色は私の手よりも赤い。我が家は電気でお湯を沸かしているので(エコキュート)、一酸化炭素中毒の心配はない。爪甲色が良いのは、酸素化が良いサインである。ただ、Capillary refilling timeは2秒くらいとまだ少し末梢循環不全は残っているようだった。


妻は、「こっちが『OS-1飲ました方がいい?』って聞いてるのに、なんで返事くれへんの!」と少しお怒りモード。「ごめん。まず横にさせな、って思ってたのと、様子を見て、必要やったら救急車呼ばなあかんかも、って思ってそちらに集中してた」と謝罪した。私以外は医療従事者ではない。「あの時点では、OS-1を飲ませるかどうか、よりも早く行うべきことがある」と気づかないのもしょうがないだろう。


横になって、下肢を挙上していると、元気を取り戻してきて、坐位も取れるようになり、OS-1もゴクゴクと飲めるようになった。少し顔色は戻ってきたようだった。「息苦しい感じはする?」と聞くと「大丈夫」とのこと。やはり、湯あたりだったのだろう。


OS-1 1L(500ml×2本)と麦茶を飲んで、夕食も無事に取れた。しんどいのも大丈夫になった、とのことで、とりあえず安心。今はタブレットを見て大笑いしており、あまり重篤な状態ではないようだ。


妻は再度2階の天岩戸におこもりになられ、長男と二人で夕食を取る。


「父、電光石火の動きやったなぁ」と長男の弁。


この仕事をしていたら、どこかで大きな物音がしたら、「誰かが転倒したかもしれない」と思って駆けつけるのが、「条件反射」として身についているのであろう。家族が倒れたとき、私は蘇生処置を提供できる自信はあるが、私が倒れたときは、誰か私に蘇生術をしてくれるのだろうか?中途半端に心拍再開するくらいなら、そのまま旅立った方が家族にとっては楽だろう、と思ったりもする。


もし私が倒れたときは、蘇生処置をするなら速やかに。しないのなら、息が十分止まっているのを確認してから救急車を呼んでほしいなぁ。とちょっと思った次第である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る