第493話 詳細がわからないと、何とも言えない。

ソースは読売新聞オンライン 6/6の記事。Yahooニュースより


<以下引用>

 宮崎県立日南病院(日南市)に入院していた日南市の70歳代男性が、針を刺して胸腔内にたまった水を抜く治療後に死亡していたことが県病院局への取材でわかった。県は過失を認め、遺族に損害賠償金2668万円を支払うことに関する議案を9日開会の県議会定例会に提案する。


県病院局によると、男性は2020年12月、呼吸状態が悪化したことで入院。21年1月に呼吸困難となり、翌日、内科医師が、胸に針を刺す「胸腔穿刺」の処置を行ったが、容体が急変し、約1時間15分後に死亡した。死因は外に漏れ出た血液が心膜と心臓の間にたまり、心臓を圧迫する「心タンポナーデ」。胸腔穿刺の処置の際、誤って冠状動脈の分枝を傷つけ出血したという。


 事故後、同病院は医療事故調査委員会を設置して検証。男性の病態が通例より複雑だったことから、処置前に専門の医師に相談したり、CT検査によって穿刺位置を正確に把握したりすべきだったとし、過失があったと判断した。

<引用ここまで>


記事では「胸腔内にたまった水を抜く治療後」との記載があるので、おそらく胸水が貯留していたのだろう。「胸水穿刺」は、超音波検査機器(エコー)を使えば、「初期研修医」でも行える(というか、初期研修医で修得してほしい)手技である。「針を刺して」という事なので、太さのあるChest tubeではなく、点滴などに使う「留置針」を使っての穿刺だったのではないか、と思われる。


穿刺の前に、エコーで、「穿刺しても安全」な部位をまず確認する。基本的には、「胸水穿刺」であれば、側胸部のやや後方より、第7肋間あたりを目安にすることが多い。エコーでは、「水」だけがたまっているところは「黒く抜けた」ように見える(エコーフリースペース)ので、縦横とも数cmの範囲でエコーフリースペースとなっているところを穿刺部位とすることが多い。近くに「肺」があれば、水の中を漂う「もやもや」に見えるし、心筋が見えていれば、拍動しているのを見ることがある。もちろんそんな場所に穿刺することはない(はず)。胸水は坐位であれば背側にたまるので、少し背中に寄れば、「穿刺が必要」なほど胸水が貯まっていれば、針を置く余裕があるほどの「エコーフリースペース」があるはずである。


「ここは!」という場所が決まれば、自分の爪で患者さんの皮膚にマーキング(「✕」と穿刺予定部位につけておく)。マーキングした位置でもう一度エコーを確認し、近傍に他の臓器などがないことを確認しておく。


これは私のスタイルなので、「よろしくない」という批判があるかもしれないが、再確認が済めば、エコー用のゼリーを拭きとって、油性マジックで、先ほどマーキングした部位に「✕」の印をつけておく。人によっては、「マーキングしたところは消毒が不十分になる」などという人もいるが、真偽のほどは定かではない。


そして、マーキングした部位を中心に穿刺部位を3回消毒。穴あきの布を同部位にあてて、消毒液が乾くまでの間に、物品を用意しておく。


局所麻酔(研修病院ではエピネフリン(以下「E」と略す)入りキシロカイン(エピネフリンが血管を収縮し、出血が少なくなる)を使っていたが、診療所でも、今の職場でもE入りキシロカインは置いていないこと、Eを使っても使わなくても、この手技においては出血量はあまり問題にならないので、Eなしの局所麻酔用キシロカインをつかっている)、試験穿刺用のシリンジと注射針、本穿刺用の穿刺針、各種培養、検査に出すための検体採取用のシリンジ、検体提出用のスピッツ(試験管)、排液用のチューブと瓶、その他もろもろを用意する。


「消毒液が乾くまで」というのが重要で、特にイソジンなどは、乾燥時に殺菌力を発揮する、と言われている。なので、イソジン消毒したけど、乾かぬままに切開したりするのはあまり意味が無い。


と、物が準備できた段階で、穿刺を行なっていく。滅菌手袋をつけて、まずは局所麻酔&試験穿刺を行なう。試験穿刺は、「予定されている道順に針を進めて行って、問題なく穿刺ができるか、という確認である。22G(結構細い針)に、キシロカインを吸ったシリンジをつけて、先ほどの「✕」の印の下方にある肋骨を触れ、肋骨上縁から下方に1/4ほど下がったところに針を進めていく。皮下に入ったところでしっかり麻酔薬を注入し、肋骨に当たったところで、再度しっかり麻酔薬を注入する。そして皮膚とともに針、シリンジを上方に少しずつ動かし、肋骨の上端に来たところで、麻酔を注入し、また針を進めていく。少し針を進めては、陰圧をかけ、胸水が引けなければ、少し麻酔薬を注入し針を進める、という作業を繰り返す。壁側胸膜を越えると、吸引すると胸水が回収されるので、その手ごたえを感じたらすぐに手を止め、針をわずかに後ろに引いて、臓側胸膜を麻酔する。そしてもう一度少し針を進めて、スムーズに胸水をひくことができれば、試験穿刺完了。


胸水穿刺は肋骨上縁を指標にして針を進めていくのだが、皮膚の刺入部と肋骨上縁をあえてずらしているのは、一つは肋骨に麻酔をかけるため、もう一つは、本穿刺も同様に針を進めていくが、針が太いので、胸膜から表皮までが一直線に穴が開くと、そこから胸水が漏れたり、逆に空気が入っていったりするリスクがあるため、針を抜けば、すぐに穴の位置がずれて、漏れたりしないようにするためである。


本穿刺は、穿刺針に何も入っていないシリンジをつけ、先ほどと同様に針を進めていく。本穿刺の針は、内筒と外套の二重構造になっている。内筒は金属の針、外套はある程度の硬さと弾力を持ったプラスティクでできている。外套の少し先まで内筒が出ているので、先ほどと同様に針を進めていき、胸水の逆流を感じたら、ほんの少しだけ内筒を中に進め、外套まで胸膜を越えているだろう、という事を確信できたら、シリンジはそのままで、外套だけを回転させながら刺入して、一番奥まで進める。その状態でもう一度シリンジをひき、胸水がスムーズに回収されることを確認したら、内筒を抜き、速やかに外套の口を指でふさぎ、シリンジをつけて必要な検体を回収し、そのあと、チューブをつなぎ、サイフォンの原理を使って、胸水を排液していく、という流れになる。


一気に胸水を排液してしまうと、メカニズムは不明であるが、「再膨張性肺水腫」という、肺の組織に水がたまり、呼吸状態が悪化することがあるので、私は、1回の胸水穿刺では500ml~1000ml程度胸水を回収した時点で、胸水穿刺を終了している。


穿刺終了後は、特にトラブルがなければ、先ほど述べたように、皮下組織~胸腔への穴は、皮膚がふさいでしまうのであまり問題になることがなく、皮膚の穿刺部位の出血を拭き、イソジン消毒していれば、イソジンの不活性化を行ない、きれいに拭いて、絆創膏を貼って一応おしまい、という事になる。15分ほど経過を見て、問題なければ手技終了、である。


なので、今回のトラブルには、わからないことが多いのである。


一つは、「胸水貯留」と診断したからには、胸部レントゲンなり、胸部CTなりの評価をしているはずである。なので、エコーで穿刺部位を探す前に、「ここは危ないかも」という部分のあたりがつくはずであること。


二つ目に、エコーでしっかりした「エコーフリースペース」を確認し、内筒や外套と、他の構造物が接触しない場所を探したのかどうか、という事である。外套はそれなりの硬さはある、とはいえカチカチではなく、他の臓器が接触すれば、臓器損傷を起こすことはなく、ただ、「臓器で栓がされ、排液が止まるのみ」である。この事件では、左冠動脈の損傷を来たした、という事なので、外套が動脈を損傷するのか?という事については微妙だと思われる。


三つめは一つ目と関連するが、「胸水穿刺を行なった穿刺部位はどこだったのか?」という事である。心臓や大動脈、気管、食道などが存在する胸部で左右の肺の間のエリアを「縦郭」と呼ぶが、心臓は縦郭の中でも「前縦郭」に存在する。つまり心臓は胸の中では前にあり、なので、側後方からの穿刺で、心臓を傷つけることがあるのか?という事である。もし、穿刺部位を前方からしていれば、それは明らかにおかしいが、胸水は、胸腔の中でも一番深い「後方」にたまりやすい。なので、心臓の位置と、胸水の貯まる位置、ずれるのが普通なのだが?という事である。


そして、四つ目は、「心臓」は「心嚢」という袋の中に存在する、という事である。なので、仮に胸水の先に心嚢があれば、エコーで確認できるはずである。心嚢液が溜まっていた、という可能性もあるが、それでも心嚢液の先には、動いている心臓が見えるはずである。


という点で、謎が多い。


なぜ、胸水穿刺で、胸腔ではなく、心膜を越えた心腔内の心臓、冠動脈を損傷するのだろうか?穿刺部位がおかしかったのだろうか?心不全でメチャメチャ心臓がでかかったのだろうか?何かと胸水を見間違えたのだろうか?いずれにしてもよくわからない。手順に沿えば、繰り返しになるが、初期研修医でも施行可能な手技である。


詳細がよくわからないので、議論のしようがないが、謎である。


因みに、心タンポナーデ、これはエコーを使わずに身体所見だけで診断をつけることは極めて難しい。その一方で、エコープローブを心窩部にあてれば、一目でわかる病態である。「心タンポナーデ」胸腔内圧が上がれば、すぐに循環動態が破綻するので、とても危険で、ある意味とても難しい疾患である。と同時に、適切にタンポナーデを解除できれば究明ができる、という意味でも、「極めて難しい」疾患だと思っている。

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