第487話 そりゃ、真っ当な商売する気はないわな。

朝日新聞や産経新聞で報道されていたニュース。


<以下朝日新聞DIGITAL Yahoo記事の引用>

 新型コロナウイルスの無料PCR検査をめぐり、東京都は2日、医療機関など11事業者が補助金を不正に申請していたと発表した。総額は約183億円に上り、決定していた約37億円の交付を取り消した。少なくとも計16億7230万円は交付されており、返還命令を出した。  


都福祉保健局によると、不正申請が判明したため交付決定を取り消したのは、都内で無料PCR検査をしていた美容皮膚科クリニックや医療検体の輸送会社など11事業者。所在地は都内のほかに、埼玉、神奈川、大阪、和歌山の4府県。

<引用ここまで>


この記事へのコメントで、「医療従事者は金もうけしか考えていない」など、医療従事者へのバッシングがたくさん寄せられていた。しかし、私は大きな疑問を感じた。


「まともにCOVID-19流行期に医療を行なっていたら、『無料PCR検査』に人手を割けないよなぁ」と。


しょぼい発熱外来と、自院発生の病棟クラスターには対応した当院も、COVID-19最流行期は野戦病院の様相だった。「濃厚感染者」の規定があるので、家族の誰かが発症すれば、そのスタッフは出勤できない。そんなわけで、看護、介護スタッフの出勤停止は多発し、上層部は「人繰り」に必死であった。で、「濃厚接触者」は大概「陽性者」となってしまう。外来、病棟とも看護、介護スタッフは明らかに足りない状態であった。


人手は足りないのに、病棟ではクラスターが発生しているので、「感染者」を看護、介護するスタッフと「非感染者」を看護、介護するスタッフを分け、そのスタッフ間の接触も控えなければならない。表現は悪いが「本丸が大火事」の時に別事業なんてできるわけがないのである。


当市の2次総合病院である5つの病院もパンク寸前、いや、パンクしながらそれでも走り続けていた。通常診療と、COVID-19対応で限界突破。「無料PCR検査」なんて無理である。


自院でPCRを行なうには検査機器のほかに、臨床検査技師さんが必要である。しかし、臨床検査技師さんも、需要>>供給で、人を募集してもなかなか応募がないのが現実である。PCR(正確に言えばRT-PCR)、簡単な検査ではない、技術を要する検査なので、それができる臨床検査技師さんを雇うことそのものが難しい。また、検査を外注するのであれば、最流行期であれば、検査会社のシステムもオーバーフローしていて、結果返却に2日ほどかかっていた。


上記は私の経験した状況であるが、東京も状況は同様であろう。


とすれば、無料PCR検査業務にあたっていたのは、「地域のための医療」に尽力している医療機関のだろうと予想がつく。


東京都のホームページを見て、指摘された事業所を確認した。「株式会社」の形態をとっているものは「医療」とはない(法律上、株式会社は「医療機関」を経営できないことになっている)。数えてみると、11事業者のうち、「株式会社」は6事業者であった。これに対して「医者の金もうけ」という批判は当たらないだろう。企業収益を目指す組織が不正をした、ということで、「医療」とは関係のない話である。


残りの5事業者は「医療法人」だったが、そのうち2つは代表者が同一人物だった。ということで本質は4事業者。それぞれのホームページを確認した。どの医療法人も、クリニックは都心の一等地にある。その時点で、「変な話」なのである。


私の前職場である有床診療所。私が就職したころは、先生方もみんな馬力があり、周囲に競合医療機関も少なく、経営が安定していた時期であった。常勤医は4人で、有床診療所。外来診療、訪問診療、ワクチン接種、入院管理など忙しく働いていた。年間の延べ患者数は約5万人、売り上げは4~5億円だったと記憶しているが、純利益としては年間1千万程度だったと記憶している。この時は、理事長が、旧館の土地、建物と、新館の土地の半分を個人所有しており、新館の土地半分だけが借地だった。診療所という法人から、土地、建物の賃借料を理事長にどのように渡していたのかは分からないが、「評判の良い」「患者さんが長い時間待って下さる」診療所で、おそらく賃借料もそれほど大きくはないだろうが、それでも、純利益は1千万程度、総売り上げの1/50程度であり、これで医療機関の「経営」としてはうまくいっていた、と監査法人から評価されていたわけである。


都心の一等地にクリニックを作って、賃借料を払う、あるいは地代のローンを払って、いわゆる「標準的」な医療を行なうと、患者さんが溢れんばかりに受診されても、保険診療だけでは、黒字経営はおぼつかないだろう。診療枠も確認したが、週に5コマ程度しか設定されていないところもあった。ということとなれば、(自由診療が『悪』というわけでは決してないが)、「自由診療」を行なっていたことは想像に難くない。実際に別の医療法人のホームページでは「自由診療」の料金表を掲示している医療機関もあった。


「保険診療」では確かに行うことのできる医療には制限があり、診療報酬も一律に決まっているので、正直に言えば「儲からない」。内科、小児科の診療所しか分からないが、保険診療では、黒字になれば「御の字」である。


「保険診療」では行えない医療を行ないたい、あるいは「私の技術を『保険診療』程度の安価で供給するのは私のプライドが許さない」という人が「自由診療」という形態をとるので、言葉は悪いが、ある意味「保険診療」で行うことが可能なことを「自由診療」で提供するのは、「お金儲け」のためである。


ということを考えると、不正請求を行なった事業所はいずれも「お金を儲ける」ことを前面に出していたわけである。


「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉があるが、一部の医療機関がそういうことをすると、保険診療で「しんどい割には儲からない医療」をひーひー言いながら提供している医療機関まで叩かれてしまう。


それはである、と声を大にして言いたいところである。

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