2023年 6月

第484話 救急車応需のためには

ソースは新潟テレビ21、Yahooニュースより


新潟市は、救急搬送先が決まるまでの紹介回数が政令市でワースト2位に入っていたそうだ(多分一位は大阪市じゃないかな?)。という事で、救急車受け入れを年間8000台以上とすることを条件に、県の医師会が新潟市に新しい救急医療拠点の事業者を公募していたとのことだが、そこに「済生会新潟病院」が名乗りを上げた、とのことである。


これまで、済生会新潟病院は年間2500台程度の救急車を受け入れていたが、改築や建て替え、医師の増員を行ない、年間8000台以上の救急車受け入れを目指すとのことである。


県医師会会長は「(同病院)選定の要因は、院長の意識・覚悟の部分が大きい」とのことである。


私が研修医時代勤務していた病院は、年間6000台程度の救急車を受け入れていた。スタッフDr.はボス一人、平日の日勤帯にしかいなかった。なので、ERは初期研修医、後期研修医で回していたのが実際である(時にスタッフDr.がER当直に入ってくださっていたが)。


新潟市の救急要請者の重症度がどの程度かはわからないが、我々のいた地域では、軽症者の数が多かった。「足が痛くて動けないそうです」という事前情報で待ち構えていたら、到着した救急車からすたすたと歩いてきて、「患者さんの家族」と間違えかけたこともあるほどである。もちろん、本気の救命救急も行なっていた。内科救急はほぼ3次レベルの救急患者まで受け入れていた。


病院グループの方針として、「患者さんを断らない」をスローガンとして掲げていたが、申し訳ないが、「高エネルギー外傷」「多発外傷でCPAとはなっていない重症患者さん」、「重症熱傷の患者さん」は、お断りしていた。一つは、車で15分ほどのところに府の「救命救急センター」があったこと、もう一つは、「人員不足」である。


基本的に「高エネルギー外傷」は「多発外傷」となっていることが多い。本気で多発外傷に対応しようとすれば、一般外科、整形外科、心臓血管外科、脳神経外科よりなる「フリー」の外科チームを設けておかなければならない。チーム内で連携を取りながら、まず救命のための”Damage Control Surgery”を行ない、全身状態を安定させた後で、優先順位をつけて手術を行なう必要がある。残念ながらどの診療科も自科の患者さんで手いっぱい。単科では重症患者さんの対応ができても、期を一にしていつでも「せーの」で走り始めるのはほぼ不可能だったことが大きい。ERも前述のとおり、初期研修医、後期研修医で回しており、自院の研修医で賄えるのは内科、外科、整形外科くらいであったので、下手に当院が受け入れれば、体制不足で患者さんを死なせてしまうことになるのは明らかだった。


重症熱傷も同様である。診療科として「形成外科」があり、自科の診療から対診まで、本当に丁寧に幅広く対応してくださっていたが、「重症熱傷」を管理するにはやはり人員不足であった。


「多発外傷でCPA(心肺停止)になっていない患者さん」は受け入れないと書いたが、逆に「多発外傷でCPA」となっていれば、ほぼ確実に助からない。できることは「蘇生処置」を行ない、「死亡確認」をすることくらいである。なので、「多発外傷CPA」の方は逆に受け入れていた。できることが決まっていて、ゴールも見えているからである。


これについては、病院上層部からはかなり厳しく指導されていたが、ERボスは黙認、私たちも上層部の意見には従っていなかった。


少し脱線したが、「救急車受け入れ8000台」は、重症患者さんについては、前述の「高エネルギー外傷、CPAではない多発外傷、重症熱傷」の問題をどうクリアするかが問題だと思われる。


もう一つ大切なことは、「クレーマー」や「急性アルコール中毒」「急性薬物中毒」の問題である。急性アルコール中毒は患者さんがいわゆる「大トラ」になっていなければ、除外すべき疾患を除外した後は、ある程度アルコールが抜けるまで経過観察でよいが、「大トラ」になっていると厄介である。「ひどく酔っぱらっている」と思っていたら、「頭部外傷によるせん妄状態」だった、なんてこともあるので、結構気を遣う。急性薬剤中毒もそうである。「違法ドラッグの摂取」による中毒なのか、「自殺目的でのオーバードーズか」でも対応が異なるし、「クレーマー」と同じ問題だが、いわゆる「厄介な」人たちがついてくると大変である。救急医の魂を一番削るのは、「全力を尽くしたけど重症の人を助けられなかった」ことではなく、「訳の分からないクレームに理不尽に振り回される」ことである。「違法薬物」摂取については、「犯罪」も絡んでくるのでややこしい。


日本では一般的ではない麻薬(ヘロインやモルヒネなど)の中毒者は、「麻薬取締法」で「発見した場合は速やかに報告(条文では都道府県知事を通じて厚生労働大臣へ、とあるが、現実的には「保健所」か、犯罪性が高ければ「保健所」と同時に「警察」だろう)」と「医療従事者の守秘義務」より通報が「法的に」優先されているので問題はないのだが、日本では「麻薬中毒」より「覚せい剤」や「違法ドラッグ」の中毒の方が頻度が高い。


「覚醒剤」については、麻薬取締法のような「守秘義務よりも優先される通報」が法的に規定されているわけではないので、話はややこしくなる。ただし、「刑法」では、「犯罪を発見した人は直ちに通報しなければならない」と規定されているので、「医師の守秘義務」と「刑法」のどちらを優先すべきか、という問題があるのだが、私が研修医の時には、そこの法解釈は明確に定義されていなかったと記憶している。一応、本人の了承なく警察に通報しても、医師が「守秘義務違反」として罪に問われることはない、という判例はあるようだが。


救急部、ERはある意味トラブルの多い場所なので、病院側が「理不尽なクレームなどから、絶対に医療従事者を守る」という強い決意と対応をしてくれれば、後は医療体制が取れれば患者さんの受け入れはスムーズになると思っている。「この病院なら救急車を受け入れてくれる」と救急隊が認知してくれれば、必然と搬送依頼が増えるからである。


しっかりとした体制づくりができ、目標が達成できれば良いなぁ、と思うのと同時に、そこで働くスタッフが心身共に安心した状態で医療を行なうことができればよいなぁ、と心から願う次第である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る