第475話 それは「医学部」だけの問題ではない

ソースは「茨城新聞」。Yahooニュースより


<以下引用>

文部科学省設置の「今後の医学教育の在り方に関する検討会」の初会合が26日、オンラインで開かれ、全国知事会を代表して委員となった茨城県の大井川和彦知事が出席した。産婦人科や外科など、専門分野によって医師が不足する人材の偏在を訴え、「(大学の医学部が)教育機関として本当に必要な人材を送り出しているのか疑問」と指摘した。


<中略>


大井川知事は、10万人当たりの医師数が全国46位(2020年時点)という茨城県の現状を挙げ「筑波大の医学部があるが、卒業生の半分以上が東京方面に行ってしまう」と説明。医療体制の維持に向け、知事自ら医者の確保に歩いているとし「正常な状況ではない」と強調した。


さらに、外科や産婦人科などのなり手がいなくなる一方、一部の診療科は人材が増えているとし、医学部の人材輩出のバランスを疑問視。地域の医師確保や医学部の地域枠などについて「(人材の)偏在を変えずに議論していても、問題の抜本的な解決にはならない」と訴えかけた。


<引用ここまで>


大井川知事の「大学医学部が教育機関として、本当に必要な人材を送り出しているのか疑問」という発言については2つの視点で考えなければならない。


「必要な医師数を生み出しているか」という視点で考えるならば、おそらく大学医学部は適切な仕事をしていると思われる。それとは別に「地域に必要な数の各専門診療科の医師を、過不足なく送り出しているか」という点については、これを大学医学部に問うのは誤りだという事である。


アメリカでは、必要な専門医の数を各学会がコントロールしており、医師の国家資格を得ても、専門医の数が決まっているので、当然その科に進む専攻医も制限される。日本のように「自分が進みたい診療科に『自由に』進める」という事になっていない、という点で、各分野の学会の自律性は日本よりもはるかにアメリカは厳しくなっている。アメリカだけではない。ヨーロッパでは、地域に「開業できる」クリニック数が地域の医師会で「厳格に」規定されており、「誰でも開業」というわけには行かない。もちろん、ヨーロッパの国々は、日本の「弁護士会」のように全員医師会への加入が義務付けられているそうである。そういう点で、都心への医師の集中や、特定の診療科への医師の集中が避けられているわけである。「ギルト」としての「医師集団」の中で、診療科への偏在や地域への偏在が避けられるように「自律的に」決定されている。


ただ、今の日本の「医師」が置かれている状況を考えると、診療科選択の自由、仕事をする場所の自由がある意味「既得権」化されているので難しいところである。自治医科大学や「地域枠」が辛うじて、勤務する場所を制限するものとなっているくらいであろうか。


「地域枠」は一つのアイデアかもしれないが、入学選抜の時点で「進める診療科の制限」をつけることは私は大いに反対である。というのは、「進める診療科」が入学時点で決まってしまうと、「医師として学ばなければならない知識」を学ぶことに対して、進まなければならない診療科と、そうでない診療科についての意欲が大きく異なることが予想されるからである。


診療科の偏在、という点では勤務のハードさと医療訴訟、この二つがキーワードとなると考えている。勤務がハードであれば、育児と仕事の両立は難しくなる。「家族」を持つことそのものが難しくなってしまう。また医療訴訟が多い診療科ではそもそもその診療科を希望しなくなるだろう。


「産科」は、この両方を兼ね備えている診療科である。私の友人の産科医は「分娩に入り、赤ちゃんを取り上げたら、その5年後までは訴訟のリスクにおびえている」と言っていた。成長してきて初めて「脳性麻痺」が分かったりして訴えられる、という事は産科医にとってはリアルな恐怖なのである。


そういう点で、医師の「診療科間」の偏在は、現在の医療が抱えている問題の反映であり、そこを解決しなければ偏在は改善しない。


地域間の偏在も同様である。研修中の若い医師は、先端の医療を学べる環境を求めて大学や高度の医療を提供している市中病院に集中する。子供ができれば、子供の教育を考えるとやはり都会に集まらざるを得ない。となると過疎地に向かう医師は子育てを終えた人になりがちである。


また、医療過疎の地域が、「医師」が来るのを歓迎している、というわけでもない。某県の某村などは、関係者の話を聞くと、わざわざ赴任してきた医師を村八分かつ奴隷のようにこき使い、もともと地域医療に熱意を持ってきた医師が「もう耐えられません」と言ってやめていくことを繰り返している。医療とは関係ないが、「余所者を受け入れない文化」は、先日もニュースになったばかりである。


という事で、「医師の特定の診療科への偏在」や、「特定の地域への偏在」は、「医療界」ではなく、「社会全体」として考え、解決していくべき問題だと思っている。


と、都会に住む医者がそんなことを言っても説得力がないかもしれないが。

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