第451話 健診に振り回される(忙しい土曜日シリーズ)

昨日は、外来担当医は私一人だった。なので、すべての患者さんが私のところに来られる。定期薬処方希望の方が、一番診察がスムーズに進むのだが、それでも、挨拶と、二言三言、言葉を交わして、その後、体調や、高血圧の方なら自宅での血圧、糖尿病の方は、食事の様子や運動の様子、体重の話を確認している。そしてお身体を診察し、心雑音や呼吸音の異常はないか、体幹の皮膚に問題がないかを確認する。患者さんが不調を訴えられれば、その部位の診察をして、いつもの薬の継続でよいか、調整が必要か、有症状であれば経過観察でいいのか、何か処方するのか、あまり慌てなくてもよいが専門医の診察が必要なのか、緊急で転送が必要なのかを考え、本日の診察所見を説明し、定期薬を処方したり、「次回血液検査をさせてもらっていいですか?」と声をかけて、次回採血の指示を書いたりする。なので、手間のかからない、定期通院中の患者さんの定期診察でも結構すべきことがあるのである。


ちなみに私は、定期的な血液検査を行なう場合は、前もってお知らせしておくこととしている。というのも、血液検査の分、余分にお金がかかるので、人によっては「手持ちがない」ということもあるからである。


何か症状があって受診された方は、前述の方とはアプローチが異なる。まず患者さんに、現病歴を確認しなければならない。医学生が臨床実習を受けるための実技試験ともいえるOSCEでは、病歴聴取のブースでは約5~10分程度の時間が与えられる。ということはしっかり患者さんのお話を聞くと、それくらい時間がかかる、ということでもある。お話を聞いて、頭の中に「鑑別診断」(可能性のある疾患)をいくつか思い浮かべ、それをもとに身体診察や検査を組み立てて診断をつけていく。ということで時間がかかるわけである。


市が費用を負担している特定健診を受けられた方も、一般外来で対応している。健診当日にすべての項目を受けられた方については、その日に確認できる、胸部レントゲン、心電図については結果を説明する、というルールで当院は運営されている。健診の方は、健診用用紙、自費カルテそれぞれに既往歴、自覚症状、身体所見、胸部レントゲンや心電図の所見を記載しなければならない。また当市では2年に一度、上部消化管内視鏡(胃カメラ)/上部消化管造影(バリウム)の検査を健診で受けることができるのだが、検査の説明書と承諾書を書いてもらわなければならない。


胸部レントゲン、心電図の結果説明、と言っても、しっかり確認しようとすると、系統的に読影して、過去のレントゲンや心電図と比較して、ということをするので、やはり数分はかかる。


それだけの準備ができてから、ようやく患者さんに診察室に入ってもらうこととなる。


健診なので、問診表をあらかじめ書いてもらっているのだが、多くの人が「結構適当」で、「既往歴」の欄に「特になし」のチェックがしてあっても、お話を聞くと「数年前に手術を受けた」と言われ、よく聞くと胃がんの術後で今も定期通院中、なんてことも珍しくはなく、ひどい場合には既往歴を確認しても「特に何もないです」と言われたのに、腹部診察時に、腹部に手術痕を認め、そこで「この手術の後は何の手術ですか?」と聞いて初めて、「そういえば、大腸がんの腹腔鏡手術を受けました。今も薬(抗がん剤)を飲んでます」と答えられた方もおられた。そんなわけで、問診票も額面通りには受け取れない。と結構注意が必要なのである。


また、各種検査で異常を指摘されたり、先に述べた『胃カメラ』の結果説明希望の方については、これまた困ることになる。当然所見用紙には検査結果所見が書いてあるが、その病名を単純に伝えるだけでは、患者さんにとっては何のことか分からない。なので、手元に常に置いてあるメモ用紙に胃の模式図を書き、内視鏡の画像を見せながら、模式図に内視鏡を書き込んで矢印を書き、「この写真は、このようなカメラの状態で、胃の中の「この位置」を見てますよ」と説明している。教科書的には、1回の上部消化管内視鏡検査で20枚の写真を撮ることになるので、それぞれ「これは胃のこの部分」と説明しながら写真を確認し、異常所見があれば、その位置を示して、どのような病変なのかを説明するので、10分近くかかる。


異常所見が無ければそれで終了だが、萎縮性胃炎があり、H.pyloriの除菌歴がなければH.pyloriの存在を確認する検査の説明と、存在が確認された場合の除菌についての説明が追加されるので、さらに診察時間は伸びてしまう。


外来患者さんの平均診察時間は一人当たり6~7分と言われているが、健診ではそれを大幅に超えることの方が多い。


昨日は、前年の健診では認めなかった心電図異常を呈した方が健診に回ってきた。患者さんの自覚症状もなく、心電図異常以外には問題はなかったのだが、この心電図異常が厄介であった。その異常は「房室接合部調律」というものであった。


現時点では徐脈はないようなので、特に異常を感じなければ年に一度の健診で経過観察、でよいのだが、この「房室接合部調律」というものがどんな異常なのかを理解しようとすれば、心臓の解剖学、電気生理学、心電図の原理などをきっちり理解していなければどうしてその心電図波形で、その病名が付くのかが本当の意味で理解できない。とはいえ、患者さんは「病名」を聞くとそれがどのようなものか、心配になられる。


そんなわけで、前述のことをある程度分かりやすく説明し、理解してもらった。心電図の原理(心電図で何を、どのように見ているのか)を学ぶのは医学部2~3年生ころだが、それを「そうか」と理解するのは国家試験直前で、その知識も、内科医や心臓血管外科医など、心臓を評価する仕事をしていなければ忘れてしまう(というか、波形をパターン認識してしまうようになり、原理から説明することができなくなる)ような話である。


これまた手元に置いてあるメモ用紙にEinthovenの三角形(心電図の原理の理解に必要なもの)、心臓のモデル図と洞結節、房室結節の位置を書き、洞結節が心臓のペースメーカーとなっている意味、正常洞調律の心臓内の電気の流れとそこから描かれる心電図、患者さんの心電図から想定される心臓内の電気の流れを説明して、「房室接合部調律」という言葉の意味を説明、理解してもらった。


こんなものはある意味、立派な講義である。初期研修医の勉強会で同じ話をしてもいい位である。結局この説明に15分ほどの時間を割くことになった。患者さんは「よくわかりました。ありがとうございます」と言って帰ってくださった。しかしこういうところをうまく流せないのが、私の診察が遅い理由の一つなのかもしれない、と思ったり、でも丁寧に説明し、理解してもらえたから笑顔で帰ってもらえたのかな、と思ったり、気持ちはブランコのように揺れていた。


そんなこんなで結局、2時間近く診察時間は伸びてしまい、待合室からは「ええ加減、いつまで待たせんねん!今日はもうキャンセルして帰るわ!」とお怒りの声も聞こえてきた。


悩ましい限りである。



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