第448話 しょうがないがな。勘弁してよ。

前職場も、現職場も、開院してから50年以上経つ医療機関であり、その歴史から地域の人の当院への信頼は厚い。なので、前職場で外来をしているときも、現職場でも、思わぬ重症の人が待合室で待っていることがしばしばである。前職場でも、現職場でも私が新入りで、もう一人の先生の外来の方が、かかりつけ患者さんで一杯になっているので、どうしても重症の患者さんが私の外来に入ってくることが多い。一目見るなり「わ~っ!えらいこっちゃ!すぐ転送せなあかん!」ということも珍しくはない。


数日前の外来も、そのような重症の方がお見えになられた。喘息重積発作で、SpO2 80%の人だったと記憶している。患者さんは「点滴してほしい」という希望だったが、もちろんそんなレベルではない。診察前に患者さんが予診(大まかに話を聞いて、バイタルサインを測定して)を取ってくれているのだが、予診の段階で「SpO2 80%」とわかって、どうして待合室で待たせるのだろうか(私の外来は以前にも書いたように、待ち時間が長め)?


そんなわけで、診察室に呼び込もうとする前にカルテを見て、SpO2の値を見るだけで「だめだ!重症管理のできる病院へ転送だ!」と思いながら患者さんを呼び込んだ。


患者さんは喘鳴は聞こえないものの、明確な頻呼吸と陥没呼吸を認め、SpO2も80%台だった。いわゆる”silent asthma”であった。患者さんは「点滴してもらったらそれでいい」と言っていたが、「いや、そういうレベルではなくて、今の状態だと酸素投与をしながら、積極的に喘息の治療をする必要があります。これ以上悪くなるようなら、集中治療が必要です。まず、気管支拡張剤の吸入を行ない、そのあと、酸素吸入をつづけながら点滴を行ない、その間に大きな病院を紹介します」と診察の後で説明し、処置に回ってもらうと同時に大急ぎで、紹介状を作成し始めた。


当院かかりつけの方だが、私の外来には初めて来られた方である。過去のカルテを確認しながら情報を確認する。この1年ほどは大きな発作は起こしていなかったようだが、以前発作が強いときには、ステロイドとネオフィリン(気管支拡張薬としては古くから使われている薬だが、有効域が狭く中毒を起こしやすいので、最近は使われなくなってきた薬)を点滴されていることが分かった。定期の処方薬でもテオフィリン(ネオフィリンとほぼ同様の薬)を飲まれており、今回の点滴メニューではこれまでとは異なりネオフィリンは使わないこととした。


情報を集めて、診療情報提供書を作成し、地域連携室に依頼するまで、いくら頑張っても15分程度は手を取られてしまう。しかし、喘息重積発作も、下手をすれば死んでしまう病気である。というわけで、外来中ではあったが、15分ほど外来を止めざるを得なかった。


何とか書類を作成し、転送に必要なものを用意して、地域連携室にお願いして転送を依頼した。転送を請け負ってくれる部署があるのは大変ありがたいことで、前職場では、転院先とのやり取りも私(医師)の仕事だったので、15分では到底終わらないものだった。


そんなわけで、めどがついて外来診察を再開する。


患者さんを呼び込み、「お待たせしました。すみません」と伝える。患者さんからは「どうして15分間も、外来が進まないのですか!こっちはずいぶん待っているんですけど!」と怒られる。


いやいや、個人情報なので詳らかにはできないが、「命にかかわる重症な人」に対して、懸命に対応していたのである。そこは勘弁してほしい。貴重な時間をお待たせしているのは分かっているのだが、こちらも必死なのである。


再度「そうですね、ちょっと重症の人がいて対応に時間がかかったんです。すみませんでした」と謝罪して、患者さんの診察を行なった。


「重症の人が来たんやからしょうがないがな。勘弁してよ」と、内心思った次第である。また、「重症患者さん」の対応に時間を取られているとき、「もしかしたら、お待たせしている患者さんの中に、もっと重症の人がいるかもしれない」とおもって、こちらはドキドキしているのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る