第444話 黙ってるんやけど。

そんなわけで、翌日、両親と一緒に病院を受診してきた。


呼吸器内科の主治医の先生の診立てでは、CPFE(肺気腫+肺線維症の合併)に肝肺症候群(肝機能の悪い方では、肝臓での解毒が不十分で、その影響を受けて(原因となる物質は同定されていないが)肺内に右→左シャントが作られることで低酸素血症を引き起こす、という疾患)が合併しているのでは、とのこと。1週間の入院で評価を行ない、在宅酸素療法を行う方向で考えている、とのことだった。


肝肺症候群の頻度は4~47%と幅があるのだが、47%というのは、研究デザインの問題で、交絡因子が混じっているのでは、と思っている。アルコールの絡まないウイルス性慢性肝炎、自己免疫性肝炎、原発性胆汁性胆管炎など、喫煙歴はないが肝障害は強い、という方をそれなりに見てきたが、腹水の貯留などがなければ明らかな低酸素血症を呈する方はいなかったように記憶している。その一方でアルコール性肝障害、アルコール性肝炎、アルコール性肝硬変の方もそれなりに診てきたが、そのような方は大概ヘビースモーカーである。こういう方はたいてい低酸素血症を伴っていたが、それはたばこによる肺気腫なのか、いわゆる「肝肺症候群」なのか、と問われると難しいと思われる。


「右→左シャント」という言葉が出たが、これは右心系(静脈血)が肺を通らず直接左心系(動脈血)に混ざってしまう状態である(シャント:短絡)。右→左シャントがあると、酸素投与を行なっても、低酸素血症の改善に乏しい(酸素交換をする肺をスルーして大動脈に血液が流れ込むため)。私が携帯用酸素を持って行ってパルスオキシメーターを測定したかったのは、「右→左シャント」が影響しているかどうかを見たかったからである。


閑話休題。主治医の先生もそのような診断仮説は立てたものの、モヤモヤとスッキリしないものは感じておられるようで、私も同様にモヤモヤしてスッキリしないところは感じていた。これは今後の検査で明らかになっていくものであろう。


そんなわけで、検査入院をすることが決まったので、入院手続きを行なうブースに案内された。


入院説明については両親が聞いていて、私は離れたところで待っていたのだが、手続きを終えると、「入院する新館には、大部屋がなくて、全部部屋代がかかるんだって。4人部屋で1日税込み2200円やったわ」と両親が言っていた。変なことを言うとまずいので私は黙っていた。その後帰宅して、私の妻にも病院での話や入院の話をしたときに部屋代の話をし、妻は「まぁ、しっかり検査してもらうし、しょうがないねぇ」と言っていたので黙っていたのだが、実は、「部屋がない、空いていない」という理由で部屋代のかかるベッドに入院してもらう場合、病院側は「差額ベッド代を請求してはいけない」ことになっている。厚生労働省からの通達では、お部屋代をもらえるのは、「患者さんがその部屋への入院を希望した場合」のみである。なので、例えば、「深夜の入院で、感染症の検査ができないので、検査の結果が出るまでは、1日5000円の個室に隔離になります」という事は違反なのである。病院側の都合(部屋がない、他の患者さんへの感染の危険がある、など)で差額ベッドの部屋に入ってもらう場合には、「差額ベッド代を取ってはならない」と規定されているのである。


ただし、「差額ベッドの部屋しか空いていないのですが、それで入院ご了承いただけますか?」と聞かれ「はい」と答えれば、「差額ベッド代のある部屋であっても入院希望があった」とのことで、差額ベッド代の了承を得られたことになり、差額ベッド代は徴収される、という事になる。


どの病院も基本的に経営が厳しいので、差額ベッド代はバカにならないのである。それに、今回は、そこで騒いでもあまり得られるものがない(では別の病院に、と言われたりするかも)ので、黙っておいた。


因みに現在の職場、個室は4床あるが個室料は無料である。その代わり、個室の使用は医療上必要な患者さんのみ(例えば、感染症のリスクのある方やお看取りの方など)で、医療者側が個室の入院の可否を判断し、患者さんの希望については受けていないこととしている。

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