第428話「偏差値エリート」が「優秀な医師」になれるのか?

上記の表題で、デイリースポーツが記事を載せていた。


皆さんのご想像通り、上記の問いについては、必ずしも「そうとは限らない」というのが私の答えである。


日本で「医師」を目指すうえで私が「最も不要」と思っているのが「高難度の入試を乗り越えること」である。


他界された私の恩師が医学部に進学したころは、医学部よりも理学部、工学部の方が偏差値が高かった、と恩師に伺ったことを覚えている。時代は昭和30年代前半のころであろうか?


高度経済成長期は、「朝鮮戦争による特需」などの要因以外に、「偏差値エリート」つまり「勉強の良くできる人」が理学部、工学部など、日本の科学、工業分野を支えたこともあると個人的には思っている。


もちろん、医師という職業を続けていくうえで「語学力」が必須であるのは否めない。英語のジャーナルや教科書を「ななめ読み」程度でもよいので、さらさらっと読めるような能力がなければ、お話にもならない。ただ、英語ができればそれでよい、というわけでもない。まずは日本語。わかりやすい言葉で、理路整然と話をすることが必要な場合もあれば、その地の方言で、訥々と患者さんと会話する力も必要である。英語であれ日本語であれ、何であれ、自身の「母語」をしっかり使えなければ、他国語もものにはならない。


地域性なのかどうか、近くにそのような人たちをたくさん雇っている会社があるのかどうか、よくわからないのだが、東南アジアから来られた人が外来に来られることが多い。全く日本語がしゃべれない方も来られるが、その場合にはわずかに日本語で会話することができる同僚や、現地の言葉を使いこなす日本の方が付き添ってこられる。後者の方が来られると助かるのだが、前者の方が来られると困る。もちろん英語は通じない。こちらのツールは片言の英語と、日本語、相手のツールは母国語と片言の日本語、となれば、日本語でやり取りをせざるを得ない。医療面接では“Open-ended Question”(はい、いいえで答えられない質問)から入る、と教科書には書いてあるが、この状況では「はい、いいえ」でこたえられる質問を繰り返していかなければ如何ともし難い。とはいえ、その地域の言葉を覚えたとて、私の勤務地が変われば、また別の事態が起きるわけであり、なかなか「言葉」は難しい(たとえ日本語native同士だとしても)。


科学的な知識、素養は必須であろうと思う。医学部入試で最も不要だと思うのは、「難易度の高い数学」の問題だと思っている。


臨床の現場では、複雑な偏微分方程式を解く能力よりも、「便が詰まってしんどい」という人にためらわず、便臭を気にせず摘便できる人の方が有能である(それで患者さんが楽になるのだもの)。「地域を根差した医師」となれば、「論文」を書く時以外には、基本的な四則演算でことが足りてしまう。


偏差値エリートの人は、「難易度の高い数学」を解くことに長けている人が多いように思っているが、そのような人にとって「医学教育」は「理屈のない暗記」の多さにうんざりすること間違いなしだろう。


私がお世話になった医師の息子さん、とても優秀で東京大学理科Ⅲ類から、医学部に進学したが、「こんな勉強はつまらない」とのことで、東大理学部数学科に転部したと聞いた。数学科で修士課程を修了したそうだが、「数学の世界では、世界のトップ50に入るような人でなければ、数学の世界で貢献できない」という事実に直面して、再度旧帝国大学の医学部に再入学したそうである(年を取って、人生をリスタートするには「医師免許」は強力なツールであると思っている)。


もちろん、偏差値エリートで、優秀な医師はたくさんいる。研究の世界で秀でた人、内視鏡やIVR、外科手術など技術の世界で秀でた人、人とのコミュニケーションが重要ないわゆる「臨床の第一線」で優秀な人など、数え上げればきりがない。


その一方で、偏差値エリートでも「医師」に必要とされる特性を有していない人もいるわけで、個人的には、突き抜けた天才は、「医学部」ではなく、「理学部」や「工学部」など「学問の世界」で輝いてほしいと思っている。


ただし、医学生の6年間を乗り越えるためには、やはりある程度高い知的レベルが要求されるのも事実である。数は少ないが、国立の医学部に現役で入学しても、医学部の授業についていけず、「留年を繰り返し、期限が来て退学」という人を複数見てきている。


私が医師になることができたのは、「本当に奇跡」だと思っているのだが、6年間の医学生生活を乗り越え、国家試験に合格し、初期研修、後期研修を乗り越えて医者を続けていくには、やはりそれ相応の「知力」は要求されるわけである(もちろん「やる気」という情熱も)。


アメリカのMedical Schoolは日本の法科大学院と同様に「専門職大学院」として扱われている。私個人的には、日本の医学部、あるいはMedical Schoolは「専門職大学院」とすべきではないか、と思っているのだが。

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