第417話 A Hard Day’s Nightその3(ハードな土曜日シリーズ)

続きです。


次男君はこの春から高校1年生。新学期の準備について妻と次男君の話を聞いていると、「人が信じられない」「人が怖い」という言葉が彼の口から出てきて、自分の殻に閉じこもろうとする傾向が(中学時代から目立ってきたのだが)強くなってきていた。


私の影響で、彼もThe BeatlesやSimon & Gurfunkelを聞くのだが、内にこもるような曲、例えばビートルズなら”Nowhere Man”、S&Gなら”I Am A Rock”などを好むようになっていた。


妻に、彼がそのようなことを口にしていた、といっても、なんとなくピンと来ていなかったようなので、一度、彼と話をしなければ、と思っていた。


たまたま、入学した高校でiPadが一人に一台貸与され、「画面保護用フィルム」と「カバー」が欲しいので、電器店に連れて行ってほしい、と頼まれたので、「じゃあ、父のおごりで飯でも食って、ドライブでもしようか」と、二人で出かけることにしていた。


仕事はハードな一日だったが、息子の方が大事である。帰宅途中の車の中では少し睡魔がやってきたが、ここでへばるわけにはいかない。自宅に帰り、彼に「ほな、出かけよか?」と声をかけ、車を出して、日常の電化製品御用達の店に出かけた。


それらしきエリアで、ものを探してみたが見つからず、店員さんに「iPadの画面保護フィルムを探しているのですが?」と尋ねた。


「すみません、当店ではiPadの取り扱いがないので、周辺のグッズも置いていないんです。駅前店に行けば、iPadを扱っているので、そちらで聞いてもらえますか?」とのこと。


ありゃ。かかりつけ電器店なので、駅前を通り過ぎてここに来ちゃったよ。しょうがないので駅前に戻ることとする。


彼には、今日一日、私に起きたドタバタを話しながら移動した。彼は大笑い。よし、いい感じだ。


駅前店への道は細くて人通りの多い道を通らなければならないので、その近くにある市営駐車場に車を止め、駅前店に向かった。


「「オーストリアか、どっかの論文で、『お父さんがしょうもないギャグを連発すること』は『子供の精神の安定性』にいい影響を与える」って論文が出たんやで。だから、父がダジャレを言いまくってんのは、君らにとってラッキーやった、ということやな」

「お父さん、それでも物には限度、ていうものがあるやろう」

「よう言うわ。あんたこの前、同時に父とおんなじダジャレ、言うてたやろ。残念やなぁ、父の血を引いているんやわぁ」

「うわっ、父の血をひいてしまったか。困ったなぁ」


などと馬鹿話をしながら、駅前店に向かった。店内で店員さんに「iPadの画面保護フィルムを探しているんです」というとそれらしき場所に案内されたが、見ても、配布されたiPadに適切なフィルムが見当たらない。しばらく困っていたところ、別の店員さんがやってきて、「どうされましたか?」と声をかけてくれた。「かくかくしかじか」とお話しすると、「そうですねぇ、ここ数日で、このタイプのiPadの画面保護フィルム、すごい勢いで売れてしまって、いま店内に在庫が無いんです」とのことだった。


おそらく、同じ高校に進学した子供たちが、一気に押し寄せて買っていったのだろう。状況はよくわかった。少し日をずらせば、手には入りそうである。


「あぁ、なるほど。多分、同じ高校の生徒さんたちが買っていったようですね。僕らは少し出遅れたようですね。ありがとうございました」


と店員さんにお礼を言って、店を出る。画面保護フィルムを入手する、というmissionは、imcomplete!となった。


「まぁ、しゃあないな。ほな、ごはんに行こうか」と彼に声をかけ、もう一度市営駐車場に戻る。駐車料金は100円。良心的な値段である。そして、車を走らせた。


前日に、彼に「何食いたい?」と聞いたら、「何でもいい」とのことだったが、彼が肉好きなのは知っている。ただ、御用達の焼肉屋さんはちと高い。そんなわけで、少し距離はあるが、ステーキガストに行くことにしていた。彼も「ステーキガスト」と聞いて大喜び。やはり肉が食いたかったんだな。


最寄りのステーキガストへは、駅前から30分弱の距離である。ちょうど車で移動中にカーラジオから7時のNHKニュースが流れてきたので、二人で聞き入っていた。午前中に岸田首相の応援演説に爆発物が投げ込まれた、とのニュースである。残念ながら、朝からずっと忙しくて、ネットニュースさえ確認できていなかったので驚いた。模倣犯なのか?本人は「弁護士が来たら話す」と言っているそうだ。安倍首相の時のようにある種、「人生をめちゃくちゃにされた報復」というような強い怒りではないようだ。悪意に取れば、「弁護士が来たら話す」ということは、何らかの逃げ道を考えているわけであろう。という点で、「殺意」という点ではレベル違いだなぁ、と思った次第である。


そんなこんなしているうちに、ステーキガストに到着した。以前来たときは、駐車場は無料だったのだが、有料の駐車場に変わっていた。電子機器が進歩すると、有料駐車場のシステムにも影響を与えるものである。


そんなわけで、店に入っていった。土曜日の19時過ぎであり、かなり待つのを覚悟していたのだが、入るとすぐに店員さんが「何名様ですか?ではあちらにどうぞ」とすぐに案内してくれた。タイミングが良かったのだろう。


直近でステーキガストに来たのはもう数年前だったが、その時はいろいろな食べ放題がついて、ステーキの値段もそこまで高くはなかったように記憶していたのだが、今回入店し、メニューを見るとずいぶん高くなっていることに驚いた。食べ放題もセット化されており、価格によって食べ放題できるものが決まっているようだ。


価格上昇はちょっと予定外だったが、まぁ、これもしょうがない。輸入品はことごとく価格上昇しているわけで、店側も頑張ってくれているのである。


というわけで二人とも別々のステーキを頼み、セットについては二人とも同じ、一番安いセットに、100円プラスでデザート食べ放題、160円でドリンクバーをつけた。


注文も、タブレットで注文するようになっていた。タブレットでの注文は、一般化してはいるが、店によってインターフェイスが異なるので、「操作性」というところである程度業界統一、ということにしないと、高齢の方が使いにくいのでは、とちょっと思ったりした。


「父、のど乾いたから、飲み物取ってくるわ」

「あいよ。荷物があるから、あんたが戻ってくるまで、父はここにおるから」

と言って、彼は飲み物を取りに行った。戻ってくると両手には「水」が。確かドリンクバーを注文していたはずである。


「あれー?ドリンクバー注文したやろ?ジュースとか飲まへんの?」

「いや、のどがめっちゃ乾いているときは水が一番や!」


といって一気に水を飲み干し、「あーっ、水がしみる~」とおっさんくさいことをいう高校一年生であった。


パンは食べ放題を選択し、パンを取りに行ったが、以前は2,3種類あったパンは1種類のみになっており、パンを取って、マーガリンを取ったところで気づいた。


「あれ?バターナイフがない?」


疑問に思いながら、席に戻って彼に、


「バターナイフ、なかったわ」と声をかけた。


「もう一回見てくるわ」と、今度は彼がパンを取りに行った。


「父、やっぱりバターナイフ、ないなぁ」と言いながら、彼のパン皿には、マーガリンが2個乗っている。


「あんた、バターナイフ無いのに、なんでマーガリン2個取ってくんの?どうやって塗るつもり?」と思わず聞いてしまった。そういうところがかわいいやつである。(結局マーガリンは、ステーキナイフを使って塗ることにした)。


しばらくするとステーキがやってきた。二人でバクバク食べる。彼も大きなステーキ肉を前にしてテンションが上がっているようだ。


「本を読んでいて、肉を食べるシーンを見るたびに、『肉が食いたい』って思っててん」


と喜んでいる。


そんなこんなで、ステーキ、パンはそれなりの数、ドリンク2杯、デザート1皿を食べて二人ともおなかいっぱい。


支払いすると財布は寂しくなったが、それは大したことではない。店の近くに、古本屋があったので、探している本が売っていないか確認のために覗いてみた。


「コウノドリ」23巻まではあるのだが、そこから先がない。Amazonで頼めばすぐ手に入るのだろうが、地域の書店や古書店を守るためには、それをやめよう、と家族で結論付け、私の仕事関係の本はAmazonを使うが、あとは、古書店で手に入らなければ、本屋さんで注文するようにしている。


そんなわけで、古本屋を冷かし、帰途についた。


駐車場を出て、車を走らせながら彼に、


「あんたこの前、『人が怖い』『人が信じられへん』て言うてたやんか。なんかそう感じさせることがあったん?」


と聞いてみた。おなかが膨れて、通いなれた街灯のある道を車で流していると、やはり少し多弁になるのか、いろいろと話をしてくれた。


彼曰く「小学2年生の時の黒歴史」のことについて、それを脅しに使ってくる奴が痛そうだ。彼は脅しには屈しなかったそうだが、その奴は、その黒歴史を言いふらしたらしい。「黒歴史」と言っても、それほど「黒い」わけではないのだが、その話を聞いても、変わらぬ態度で接してくれる級友もいれば、引いてしまう級友もいたそうだ。


おそらくそれだけではなかったのだろうが、彼にとって中学はある種戦場だったようだ(多分、私から見たら、ある種の「いじめ」に見えるのかもしれないと思った)。ただ、それを家には持ち込みたくなかったようで、それで妻には「お母さん、懇談とか来ないで」と拒否していたらしい。


彼はそういったことで心をかき乱されたくはなかったようだ。本の世界に逃げ込んだようだった。


S&Gの”I Am a Rock”の歌詞に、以下のフレーズがある。


I have my books. And my poetry to protect me. I am shielded in my armor.

Hidin’ in my room, Safe in my womb. I touch no one, and no one touches me.

(僕には本がある。僕を守る詩もある。僕は防具でおおわれている。

 部屋に身を隠して、そこは子宮のように安全で、私は誰にも触れないし、だれもわたしには触れない)


彼は、S&GやThe Beatlesに助けられたといっていた。”Nowhere man”にも共感していたと。


私はただただ、彼の話を聞いていた。時に「きつかったなぁ」と合いの手を挟みながら。


どちらの曲も私もよく聞いていた曲なので、題名を言われただけで、どんな気持ちだったのか痛いほどわかる。


彼の目下の悩みは、そのような「カス」なことをした首謀者が同じ学校に進学して、同じクラスになった、ということだそうだ。彼の心が折れることはなさそうだが、彼の父親として、彼の心を傷つけることは許さない。


「まぁ、しんどいことがあったら、遠慮せんと言いや。俺の大事な息子を傷つけるカスみたいなやつ、許さへんで」

「まぁ、困ったら言うわ」


とのこと。「人が信じられへん」ということ、人の心の弱さ、ということについては、少し仏教のお話をした。もちろん私の信仰の話もである。「人間として『正しく生きる』というためには、何らかの指標が必要であり、仏の教えは、それに十分こたえてくれるものだ、ということを話した。


理由は分かった。私にとって、中学が戦場だったのと同様に、彼にとっても中学は戦場だったのだろう。クソみたいな人間から、自分の尊厳を守る戦いをしてきた、ということはよくわかった。


後は見守ろう。注意を張り巡らして、何かあったら力になろう。


父はいつも、君の応援団だよ。

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