第416話 A Hard Day’s Nightその2(ハードな土曜日シリーズ)

続きです。


そんなわけで、2階病棟に、足りなかったカルテ記載と指示を書くためにやってきた。現病歴、既往歴、異常時指示を書き、入院後の各種検査を指示。外来でご家族さんから、急変時の蘇生処置は不要であること、必要があれば、身体の動きを制限することがあることについて承諾をいただいているのでその旨も記載。リハビリ指示なども記入した。


この方は困ったことに、「抗生物質」で「アナフィラキシー」の既往があるそうなのだが、ご家族も、どの抗生剤が悪かったのか「覚えていない」ということであった。以前のカルテでは、CEX(ケフレックス)、CTRX(セフトリアキソン)は使用歴があり、問題がなかったので、急性期はCTRXの点滴でfollowすることとした。本来であれば、表皮ブドウ球菌など、グラム陽性球菌をカバーしたく、先ほどの表皮ブドウ球菌は約8割がメシチリン耐性となっているので、ケフレックスよりもミノサイクリン(こちらはMRCNSのほぼすべてに効果があり、時にMRSAに感性があることもある)やST合剤(これもブドウ球菌をカバーし、MRSAにも効果があることが多い)を使いたいのだが、薬剤によるアナフィラキシーは困るし、前回もこの2剤で乗り切っているので、何とかなるだろう、と考え指示を出した。


そして、3階病棟に入院している、昨日入院の方の緊急検査項目、リハビリ書類、薬などの処方箋を書いていた。すると2階病棟から連絡が入った。


「先生、もう一度2階に来てください」とのこと。随分切羽詰まった看護師さんの声だったので、慌てて2階に降りる。


「先生、患者さん、点滴は無理です。近づくだけで、水平チョップをしてきます。先ほども〇〇さん(看護師)が、頭にチョップを食らっていました」


とのこと。「チョップしてくるおばあさん」と聞くと傍で聞いていると面白いが、関わっている人はたまったものではない。


「わかりました。もう無理は辞めましょう。以前出ていた飲み薬を出すので、それで様子を診ましょう」


と返事をし、点滴中止の指示と、抗生剤の内服処方を作成した。本来なら点滴の方が、薬剤量も多く投与できて良いのだが、看護、介護スタッフのリスクがあるとなると如何ともし難い。


そしてまた3階病棟に向かい、指示の続きを書く。夜中に新入院となった方の低酸素血症については、やはり原因がはっきりしない。心拡大は著明で、うっ血性心不全はありそうだが、胸部CTでは肺うっ血の所見もなく、胸水貯留もない。身体所見と合わせて考えると、「肺塞栓」などが疑われるが、一つは、当院で造影CTが取れないこと、二つ目に、普段からDOAC内服中であり、肺塞栓は微妙、ということである。肺塞栓、と考えても、軽度の低酸素血症があるくらいで、バイタルが崩れているわけではないので、DOACの継続が治療になっている。心不全の治療も内服薬でがっつりされており、外来処方薬の継続で治療は問題なさそうである。あとは不穏時に、リスペリドンを使って、少し落ち着いてくれればよかろう、と判断した。


この患者さんの指示を書いている途中にも、何度か2階からHelpの連絡があり、行ったり来たりしていた。


そんなわけで、とりあえず仕事を片付け、医局に戻ると15時を過ぎていた。研修医時代は、昼食抜きは普通のことだったが、この年になってくると、やはり空腹と口渇(7時に出勤してから飲まず食わずだもの)はきつい。手を洗って医局の椅子に座り、まずお茶を飲む。「五臓六腑に染み渡る」というのはお酒でなくても感じられるものである。そして、お弁当を取り出すと同時に、日本内科学会ホームページを開く。


実は4/14~16が日本内科学会 総会であり、オンライン参加で申し込んでいた。既定の時間、学会の講演会を視聴しなければ単位が修得できないので、これからは、基本的には終業まで、内科学会講演会を聴取する時間である。ということで昼食のお弁当を食べ、少し溜まっていた書類を書きながら、講演会を聞いていた。たまたま、慢性便秘の教育講演が行われており、浸透圧下剤である酸化マグネシウムが取り上げられていた。酸化マグネシウムの効果発現のために「胃酸」が必須であることは初めて知った。また、現在は「腎機能の悪い方、高齢者には慎重投与」となっているが、かつてはみんな短命だったので、酸化マグネシウム投与が問題になるような腎機能になる前に患者さんが旅立っていたので、特に古い医師の間で、酸化マグネシウムによる高マグネシウム血症への認識が低い、ということはよく勉強になった。


その後も何度か病棟から電話がかかり、病棟と医局を行ったり来たりしていたが、ようやく、定時の17時となった。何ともひどい一日ではあったが、何とか仕事は乗り切れた。


ところが今日は、仕事を終えてからが、本当に大事なことが待っているのであった。


次章に続く。

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