第415話 A Hard Day’s Nightその1(ハードな土曜日シリーズ)

4/15も朝からいつもと同様、いや、いつも以上に慌ただしい一日だった。


出勤すると、当直の先生から、「先生が往診で見ている人、低酸素で入院させました」と声を掛けられた。名前を聞くが顔が浮かんでこない。こういった場合、多くは、訪問診療に回り始めてすぐの人が多い。


今、私の担当している患者さんの中には、どういうわけか、「医学とは関係ないところで」非常に気を遣う方が数人おられる。先日は朝食の30分前に回診しただけで、「朝早くから回診に来られて迷惑だ」と言われた。日中に外来や訪問診療、山のような書類作成と様々な委員会があるので、ある程度入院患者さん一人一人のことを考えながら仕事をしようとすると、朝、サービス早出をして、午前の業務が始まる前に回診を済ませて、指示を出しておきたい。また、このスタイルは、初期研修医時代からのスタイルなので、そのペースを崩されるのも落ち着かない(朝一番に病棟の患者さんの状態を把握していないと、病棟のことが気になって落ち着いて仕事ができない)。


そんなわけで、気を使いながら回診を行ない、新規入院の患者さんのところに向かった。


「おはようございます。体調はどうですか?」と声をかけるが、おそらく認知症、あるいは低酸素によるせん妄なのか、朝から「早く帰せ!」と大声で叫んでおられる。鼻カヌラ、O2 2LでSpO2 94%程度なので、「ぎょえ~~!」というほどの低酸素血症ではないが、呼吸音もきれい、発熱もない。頚静脈の怒張も下肢の浮腫も認めない、となると、低酸素血症の原因は難しくなる。診察をして、Ns.ステーションに戻り、外来カルテを確認すると、やはり、訪問診療が始まったばかりで1度しか訪問していない方だった。それは分からないはずである。


療養型病院がすべてそうなのかどうなのかは分からないが、検査の能力は「病院」とはいえ日中でも「貧弱だ(院内では機械での簡単な血液検査、検尿と尿沈渣、心電図、各種レントゲンと単純CT、日によって腹部エコーくらいしかできない)」と思うのだが、夜間帯は本当に何も(特に画像検査)ができなくなる。緊急採血項目は当院の方が項目が多いが、それを除くと、当直帯の検査能力は前職場の診療所の方が高かった(私が自分でレントゲンやCTを扱えたから)ほどである。そんなわけで、深夜帯の入院患者さんも、COVID-19の検査をしただけで入院となっていた。


患者さんは現在施設入所中(その施設に当院から訪問診療に伺っている)で、ご家族の方は朝一番で来院される、とのことを聞いたので、ご家族が来られる前に可及的速やかにできる限りの検査をしておく必要があった。ご家族が来ても、「低酸素血症があり入院となりましたが、その原因はまだ結果が出ていません」とはさすがに言えないだろう。病院の事情は患者さんのご家族のあずかり知らぬところなので、「なぜ昨日入院したのに、まだ結果が出ていないんだ」と不信感を持たれるのがオチである。ということで、初診時カルテ(これが結構書くのに時間がかかる)と、検査指示を出した。


そんなわけで、午前の仕事を始める前に、もう「一仕事」終えた気分になった。回診を終えると、午前診の開始10分前だった。慌てて用を足して外来に向かった。


外来は、今週は私一人体制だった。雨が結構降っていたので、「患者さん少ないかな~」なんて思っていたが、甘かった。病院的にはありがたいが、千客万来。「なぜ今?」という方が定期受診の患者さんや、体調を崩した臨時受診の方に紛れてお見えになる。


別の外来担当医に定期的に受診されている方が、介護保険利用のための「主治医意見書」を書いてほしい、と受診されたり(それ、主治医の先生に書いてもらってよ(泣))、他院通院中の方が、「セカンドオピニオン」的に受診されたりする。


「う~ん、今処方されている薬について疑問があれば、まず主治医の先生に『この薬はなぜ出ているのですか?』と聞いてみてはいかがでしょうか?」

「先生、それができれば、ここに来ますかいな。先生が怖くて聞かれへんから、今日来たんですよ。それに、『週刊〇△』には、『この薬は3年以上続けてはいけない』と書いてあったのに、私は10年も飲んでいるのですよ!一体どういうことなんでしょうか!」


などとおっしゃられる。いきなり紹介状もなく受診されて、これまでの経過もわからずに質問されても、当方としては答えようがない。週刊誌の記事に左右されて文句を言うのも勘弁してほしいものである。


「どんな薬でも、副作用はありますから、できれば薬は飲みたくないですし、そのような記事を読まれると心配ですよね。一応、僕らが使っている薬の本、一緒に診てもらいますが、ほら、ここには「継続は3年以内」なんて書いていないでしょ。週刊誌の情報は、話半分のその半分くらい、と思っていただいた方がいいですよ」


と説明し、納得して帰ってもらった。


そんな中でも、重症の人も来られるのである。1人は、当院の別のDr.が長期にわたって訪問診療を行なっている方で、しばしば蜂窩織炎(皮下組織の細菌感染症)で入院される方が、「いつものように右の脛が真っ赤に腫れてきた」とのことで受診された。この方も施設からご家族が連れてこられたのだが、当院に到着し、体温を測ると39.4度。診察すると確かに右の下腿部は真っ赤になって熱を持っている。蜂窩織炎である。39度を超える熱が出ていれば、さすがに『施設で療養を』とは言えまい。この方は入院とした。


入院用の書類を書くと、小一時間はかかるので、必要最低限の記載をして入院してもらい、外来終了後に病棟で残りを書くこととした。


私と同年代の方で、国際結婚をされたと思われる女性の方。1か月ほど前、『胃が痛い』と別の医師の外来を受診し、腹部CTと血液検査を施行。血液検査でわずかにAmy(アミラーゼ:唾液や膵液に含まれる、でんぷんを分解する酵素)の値が高く、膵尾部(脾臓に近い方)が腫大しているのを指摘された。CTについては後日、放射線科の読影結果を聞きに来てください、とのことでPPIを処方しその日は帰宅、10日後にまた別の医師の外来を受診し、結果を聞いたそうだが、「あの先生、何言ってるか分からない」とのことで10日ほど前にわたしの外来に来られた方である。結果について説明し「先生の説明、よくわかった。ありがとう」と感謝してくださったが、やはり膵腫大は不自然であり、しかも悪性っぽくはなかったので、最近研究が進み始めた「IgG4関連膵炎」の可能性を考え、「IgG4」の採血をしてもらい、結果を聞きに来るようお願いしていた方も来られた。


IgG4関連膵炎を含む「IgG4関連疾患」には3項目(IgG4の上昇、臓器症状、組織検査)の診断基準があり、この患者さんはやはりIgG4が診断基準を超えており、診断基準のうち2項目を満たした。「IgG4関連膵炎」の可能性が高いと判断し、採血結果の説明を行ない、大学病院への紹介受診を勧めた。この方の紹介状も、外来終了後に書くことになった。


そんなこんなで、「ひーひー」言いながら、外来をしていると、いつもの通り「最後の患者さんは重症」の法則にしたがうように、90代の女性が二人続けて受診された。最初の方は、体調が悪いときに臨時で当院にかかっている方で、今回の主訴は「3日前から身体がだるくて食欲がない。時々みぞおちの辺りが痛い」というものであった。90代の方の「しんどい」は結構危険なワードで、思わぬ重症疾患が隠れていることが多い。身体診察では有意なものは見当たらなかったが、腹部疾患と同時に「心筋梗塞」も「だるいようなしんどさと心窩部痛」を訴えるので、心筋梗塞についても網をかけた(と言っても、緊急心エコーのできない病院なので、緊急採血にトロポニンのオーダーを追加するだけだが)。


もう一人の方は、娘さんと一緒に来られ、「この半年ほどで、5kgほど体重が落ちた」という主訴だった。「体重減少」と内科医が聞いて、一番心配なのは「悪性腫瘍」の存在である。その他、糖尿病などの代謝異常、パーキンソン病など神経変性疾患でも体重は減るし、老衰でも体重は減少する。ご本人はお元気そうだったが、この方も、各種検査が必要と考えた。


健康保険の規定で、CTについては1日に1部位しか算定できないので、血液検査と胸部レントゲン写真、腹部単純CTをオーダーした。


この方で、外来患者さんの診察は終了。この時点で12:40を過ぎていた。検査結果が出る前に、「IgG4膵炎」疑いの方の紹介状と画像のCD-ROM,血液検査結果を用意し、地域医療部に大学病院への紹介を依頼し、一仕事を終えた。


と同時に、地域連携室のソーシャルワーカーさんが、「先生、もうすぐ13時からの家族面談があります」と声をかけてくださった。


入院患者さんで家族面談の件で頭を抱えている人を二人抱えていた。


一人は、70代の女性。左の広範囲脳梗塞で右片麻痺、意識レベルの不安定、を抱え、経口摂取不能のため、経鼻胃管を挿入され、そこから経管栄養を継続している、という方である。発症後、自宅や施設では難しい、ということで病院を転々とされ、当院で4病院目になるのだが、この患者さん、意識があるときは、麻痺のない左上下肢を激しく動かし、特に上肢は、チューブの挿入されている鼻に手を持ってこられる。おそらく経鼻胃管が不快なのだろうと推測された。経鼻胃管の自己抜去(自分で引っ張ってチューブを抜いてしまうこと)予防のため、前医から三トンの手袋を点けられており、一度はその状態でも、うまく左手にチューブを巻き付け、チューブを抜いてしまったこともある。


当院に最初に来られた時から、「どうしてこの方、こんなに鼻のチューブを嫌がられているのに、胃瘻を造設しないのだろう」と半分は疑問、半分は怒りに思っていた。胃瘻は造設の際にもちろんリスクはあるが、安定してしまえば、患者さんへの苦痛は明らかに経鼻胃管よりも軽度である。なぜ今までどの病院もその話をしなかったのか不思議でしょうがなかった。


ということで、当院でチューブの自己抜去もあり、入院時に軽く提案しておいた「胃瘻造設」しっかり勧めよう、という方である。


もう一人は、80代後半の男性。腰椎圧迫骨折で下肢筋力が低下、一時は食事もとれなくなっていたのだが、ご本人が頑張り屋さんなのだろう。「退院して家に帰りたい」と頑張られ、現在では経口摂取はほぼ全量食べることができるようになり、リハビリも頑張っておられる状態に回復した。とはいえ、ある程度自宅でも介護保険でのサポートが必要である。


お若いころは高収入だったのだろう。年金額が多いようで、後期高齢者の医療保険、介護保険も自己負担割合が高いのだが、ご家族からはご主人に仕えるお金は月に「3万円」程度、との返事が返ってきた。健康保険、介護保険とも負担割合が高い、ということは年金が多い、ということなのに、どうしてそんなにご主人に仕えるお金が少ないのか、「家計評価」から必要な方である。


この日の家族面談は「胃瘻」のお話だったのだが、そんなわけで手いっぱいの状態であり、「家計」の方と勘違いしていた。ソーシャルワーカーさんに


「ごめん、今てんてこまいやから、私抜きで話を進めてもらっていいですか?」

「先生、勘違いしていますね。今日は『胃瘻』の話ですよ。先生がしなければ困るじゃないですか!」

「わぉ!そうでした。すみません。それは僕が話さないとだめですね。外来仕事がすべて終わったら、そのままここでお話しするので、ご家族の方には、「すみません」と伝えてもらって、前で待ってもらってください。対応可能になったら、連絡します」


とのことになった。


少しの隙間時間ももったいない。先ほど入院してもらった方の書類作成に行こうとしたら、最初の女性の結果が返ってきた。


腹部CTでは、明確な腸閉塞像はないが、骨盤腔内の小腸は液貯留と腸管の拡大が目立ち、同部位だけを見ると、小腸閉塞に見えなくもない。心電図は大した変化は認めない。血液検査は、AST,CPK,LDHと筋肉にダメージを受けたときに上昇する項目が跳ね上がっており、心筋のダメージに特異性が高いとされている「トロポニンT」も陽性となっていた。


画像は腸炎か、閉塞機転の明確ではない麻痺性イレウスを疑う。しかし血液検査は明らかに心筋梗塞を強く示唆するデータであった。いや、もしかしたら、腸管虚血を反映しているのかもしれないが、それならもっとお腹は痛いはずだし、トロポニン陽性とは合わない。


いずれにせよ、緊急での転院が必要だと判断した。3日前から症状が出現しており、亜急性の心筋梗塞を第一に疑うべき、と判断した。鑑別診断に心筋梗塞を入れておいてよかった。


患者さんとご家族を診察室に呼び入れ、結果を説明。「心筋梗塞」の可能性が高く、速やかに急性期病院への転送が必要、とお話しした。そして大慌てで紹介状を作成。地域医療部に「転送先を探してください」とお願いした。


もう一人の方は、検査の範囲では特に悪性腫瘍を示唆する画像所見は認めず、院内緊急採血でも問題となるデータは認めなかった。診察室に、心配されていた娘さんと一緒に入室してもらい、結果を説明。


「とりあえず、今日の検査は『これ』というものはなさそうです。おそらく娘さんは『悪性のできもの』ができたのか、と心配でお見えになられたのでしょう。ただ、もしそのようなものがあったとしても、90代後半の年齢なら、手術もできないし、抗がん剤治療を始めたら、それだけで死んでしまいます。なので、仮に『悪性』の病気があったとしても、放っておくのが良いでしょう。また、加齢によっても痩せてくるので、そういったことも含めて考えると、『体重が減ってきた』ということは、神様が『もうすぐこっちに来る準備をしときや』と言うてはる、と思ってもらったらいいかと思います」とお話をした。


このお話にはご本人さんが納得してくださって、「あぁ、先生の言う通りやわ。そのつもりで、人生の残り時間、楽しく過ごそうと思います」と笑顔で帰って行かれた。


よし、これでOK。慌ただしい外来は終了。時計は13:20を指していた。ソーシャルワーカーさんに連絡し、ご家族の方に診察室に入っていただき、入院後の経過、意識があるときは常に手が鼻の方に向かい、ご本人が経鼻胃管を本当に不快に感じていることが行動から読み取れること、一度は自己抜去されたことから、安定すれば本人の不快感の少ない『胃瘻』を作った方がご本人にとって楽だと思います、とお話しし、胃瘻造設のメリットとリスク、造設方法について説明。ご家族の方も納得され、「胃瘻作成の段取りをお願いします」という結論となった。


このお話を終えた時点で、時計は14:20となっていた。


各部門とも、勤務時間は16:30(医師だけが17:00まで)となっており、外来から入院された方、深夜に入院された方の定期処方などを作成しなければならない。


ということで、先ほどの入院の方がおられる2階病棟に向かった。


長くなるので次編へ続く。

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