第403話 「医学本」の「新聞広告」

何度も書いているが、私は新聞を読むのが好きだ。「活字中毒」というわけではないが、新聞など、リアルなもの、あるいはリアルな社会に対しての評論を読むのは好きである。逆に「小説」などを読むのはあまり好きではない。これは子供のころからの癖なのか、子供のころは「電気」や「化学」など、科学系の「教科書」的な本を読むのが好きだった。当時のブルーバックスも好きで、よく手に取っていたことを覚えている。


それはさておき、この仕事をするようになってから、いわゆる学問としての「医学書」だけでなく、一般の人向けの「医療本」や「週刊誌」などの「医療記事(の見出し)」にも注意が向くようになった。


ありがたいことに、私の外来に来られる患者さんで「この本(あるいは「この雑誌」)にこのように書いていたから、先生、この処方をやめてください」とか、「別の治療法に変えてください」と強弁する方は少ない。ただ、そのような本や記事を読んで疑問を投げかけてくる人はそれなりにおられるので、こちらも、それらの本や記事を確認し、「根拠」をもってお話ししなければ、と思っている。


以前勤務していた診療所では、COVID-19流行前は、定期的に「医療講演会」を行ない、診療所の「患者さんの会」の会員さんや、外来に来られている方に案内を渡し、様々なテーマで講演を行なってきた。もちろんその中で、「週刊誌の記事」の論理が破綻していることが多いなど、例を挙げて講演をしたことがあった。インターネットなどを見ても、情報は玉石混交、医師側が常に正しいとも思っていない(例えば、日本のガイドラインと米国など他国のガイドラインで異なることが書いてあることも多く、一概に「これが正しい」ということはそれほど多くはないなど)が、市販本などは「あまりにずさん」な論理展開をしていることもあり、要注意だと思いながら見ている。


面白いのは、「医学本」を出している医師が、初期のころからどんどん作風が極端となっていくことがしばしばみられることである。


有名どころでは「近藤 誠氏」などが挙げられる。氏の初期の本については、抗がん剤治療のエビデンスとなっている論文の「カプラン‐マイヤー曲線」の不自然さなどを指摘するなど、医師の視点で見ても、「うんうん」と傾聴すべきものが多かったのだが、出版物が増えてくるにしたがって、「医者を信用するな」的な作風に変わっていったことは残念である。


悪性腫瘍についても、「がん」と「がんもどき」があり、「がん」は治療を行なっても転移したりするので、「積極的に戦うのはやめたほうが良い」、とし、「がんもどき」は「発育スピードも遅く、転移もしたりしないので、「積極的に治療しない方がよい」という学説を唱えるようになった。


この説を信じて、早期に治療を行なえば、根治(5年間の再発なし)が期待できたであろう人が治療開始が遅れ、命を落としていく、という悲劇が数多く起きたと聞いている(私自身は、悪性腫瘍の治療に携わることはないので、伝聞となるのは許してほしい)。


ただ、最近の悪性腫瘍の原因では、悪性腫瘍の細胞集団の中では、「急速に分裂、増殖していくがんの『幹細胞』、分裂能を有してはいるが、「幹細胞」としての性質を持たない、いわゆる普通の「がん細胞」だけでなく、「増殖速度はゆっくりだが、遺伝子異常を複数抱え、『抗がん剤(増殖の速い細胞に効果を発する)に耐性の強いタイプ』の幹細胞が発見されており、その視点で見ると、近藤氏の学説をスパっと切って捨てる、というわけにもいかないなぁ、という発見がされたりしている。


元々は「在宅医療」、コロナ禍では、COVID-19やワクチンのことで本を出している「長尾 和宏氏」にも同じような雰囲気を感じている。氏の「看取りまでの在宅医療」の考え方、がんとの闘いの撤収のタイミングなど、ぜひ悪性腫瘍末期で在宅医療を受ける方にはぜひ読んでほしい内容の本を書いておられたが、ここ最近の氏の著書を見ると、「う~ん…」と思うことも多くなってきたように思う。


閑話休題。そんなわけで、様々な医学系の書籍が出版されているが、今朝の新聞の広告欄には、加藤 正俊氏の著書である「1日5分!薬に頼らず血圧を下げる方法」という本の大きな広告が3面の下1/4を占めていた。本そのものを読んだわけではないので、書物の内容ではなく、記載されている「見出し文」についての突っ込みだが、いろいろと突っ込みどころがあり、ある意味「困った本だな~」と広告を見ながら思ってしまった。


広告の見出しを抜粋すると、「『高血圧の正体』:気にしなくてもいい、“つくられた高血圧」というものや、「『薬』で高血圧は治らない:本当は怖い、血圧を薬で下げることの弊害」、というもの、「『減塩』で高血圧は治らない:『塩』と『高血圧』は無関係」などという文字が飛び込んでくる。


う~ん、江戸時代の焼き芋屋さんの口上ではないが、「一理はあっても二里はない。栗(九里)より(四里)うまい十三里(やきいものこと)」と思ってしまう。


例えば、最初に挙げた「つくられた”高血圧”」ということについては、おそらく、高血圧治療ガイドラインが、新しくなるたびに降圧目標が厳しくなっていることを指摘しているのだろう。確か現在、「高血圧治療ガイドライン2019」が最新のガイドラインとなっているが、脳血管リスク、心血管リスク、総死亡リスクを複数の日本国内での論文報告を合わせて解析(メタ解析、と呼ぶ)すると、やはり、140/90を超えると、血圧を140/90未満にした方が生命予後は良い、との結果が出てくる。ただし、ガイドラインをしっかり読むと、その根拠となった文献のことだけではなく、年齢層(高血圧治療ガイドライン2019では、中年者(40~59)、前期高齢者(60~74)、後期高齢者(75~89)と年齢別に分けて分析してくれており、中年者であれば、血圧の上昇と脳血管リスク、心血管リスクは非常に強く関連しており、血圧120/80の方のリスクを1とすると、血圧180/20を超える人のリスクは10を超える(すなわち、10倍以上リスクが高い)のだが、高齢者を見ると、同様に血圧120/80の方のリスクを1とすると、中年者では10倍以上のリスクがあった180/120代の方もリスクとしては1.2倍程度と、中年層に比べて圧倒的に低くなっており、これを見るだけでも、①年齢の若い方ほど積極的に高血圧の治療を頑張って行うことが必要なこと、②高齢者については血管リスクにかかわる高血圧の寄与は小さくなっており(多分、『加齢』が最大要因)、若年者の高血圧ほど「目くじらを立てて」降圧する必要性は低いと判断できる。という点で、若い人の高血圧ほど「しっかり」薬を使っての降圧が必要であり、ガイドラインの基準値が低下していることは、統計学的には不自然ではないこと、決して製薬会社などが「恣意的」に基準値を下げる方向に動いているわけではないことが分かる。


「『薬』で高血圧は治らない」という文章については、解釈の仕方に困る表現である。加齢とともに血管も年を取り(血管の加齢現象≒動脈硬化)、それに伴って血圧が上昇するのは「自然の摂理」と言えばその通りである。高血圧の90%以上が「本態性高血圧」と呼ばれる、いわば「体質的な」高血圧である。ヒトの遺伝子の研究も進んでいるが、血圧上昇に伴うことと関連すると目される遺伝子は複数同定しており、「単一の遺伝子」の問題で高血圧を誘発されているわけではない、ということが明らかである。いわば、「本態性高血圧」の原因は明確にされていないため、血圧をコントロールする降圧薬も、「高血圧を源から治癒させる」というものではなく、「対症療法」として、血圧の上昇にいわば「蓋をする」ということが薬の仕事であり、そういう点では「薬」で高血圧は治らない、という文章は正しい。しかし、高血圧を何故治療するのか、という視点で考えると、脳血管障害、心血管霜害、腎障害を予防するのが目的であり、そのために「降圧」が必要なので、「薬で高血圧は治らない」のが正しいとしても、「薬によって血圧を良好に保てば」、高血圧に付随する合併症を予防できるわけである。治療の強度については年齢によって変えていく必要はあるが、「合併症の予防」として降圧薬を使うのは意味があることだと思っている。


「『減塩』で高血圧は治らない」ということも、半分は間違っているが、半分は正しい文章である。複数の大規模前向きコホート研究のメタ解析から、食塩摂取量が6g未満の人はそれより食塩摂取量が多い人に比べて、5~10mmHgの減少が見られているとの報告があり、減塩の有効性はある、と結論付けている。


「食塩摂取量」と「血圧」の関係については2つの民族について考える必要がある。一つは、我々日本人の中で、特に戦後しばらく(1960年代ころまで)の東北内陸部に居住していた人たちである。雪深い土地であり、当時は道路事情も悪いため、冬季は「野菜」については「漬物」を、動物性たんぱく質としての魚は「塩蔵物」とならざるを得ず、1日の塩分摂取量は20gを越えていたと推測されている。もちろん寒い地域でもあるので、壮年期以降はほとんどの方が高血圧であり、50代後半が脳出血の最も頻度の高い年齢となっていたそうだ。50代で脳出血を発症し、そのまま命を落とすことが多かったようである。日本で本格的に減塩指導が始まり、また道路網の発達や冷蔵、冷凍技術の発展でそのような地域でも塩分摂取量が他の地域と同様のレベルにまで減少し、それと同時に高血圧患者も激減した。脳出血の発症年齢もずいぶん高齢者側にシフトした、という事実がある。


また、南米の「ヤノマミ族」は人類の中で、最も塩分摂取量の少ない民族であり、1日に2~3g程度の塩分しか取れない。そしてヤノマミ族に最初に調査に入った医師団から、「ヤノマミ族には高血圧患者がいない」と報告された。


「食塩感受性」といって、塩分を取ると著明に血圧が上がる人がおられる。特にアジア人で「食塩感受性」を持つ人が多い、と言われているが、「多い」と言っても2~3割程度、とされている。教科書的には「食塩感受性高血圧」の方には積極的に減塩を、とされているが、逆に、「食塩感受性」のない人にとっては、『減塩』は劇的に効果のある血圧降下法ではないのは確かである。


また、前述の「ヤノマミ族」。塩分摂取量が少ないために高血圧の患者さんはいなかったが、ではみんな長生きか、というとそういうわけではなく、「平均寿命の短い民族」として知られている。また、アメリカの前向きコホート研究で、2g/日程度の高度の減塩を指示した人は、標準の減塩(5~6g/日)の人に比べて総死亡率が上昇した、という報告もある。


そんなわけで、塩分については「取りすぎ」も「取らなさすぎ」もどちらも寿命を縮めることになると私は考えている。厚生労働省からは6g/日以下の塩分量を推奨されているが、この塩分量を維持しようとすると、調理に手間をかけないと(例えば、国立循環器病研究センターの、「軽しおレシピ」は極めて塩分量が少なく、おいしい料理なのだが、非常にたくさんの出汁を使うので、出汁を用意するのが大変。塩分の代わりに酸味やスパイスの辛さで味付けをするのも、手間がかかる)おいしくない食事となってしまう。食事も「人間が生きていく上での楽しみの一つ」なので、「おいしいものを食べる」ということと、「血圧をコントロールし、健康寿命を延ばすこと」のどちらが大切か、と言われても困ってしまうわけである。以前は「食事の塩分は10g/日以下」と推奨されており、現在もそのレベルに近づいてはいるが、それを下回ってはいないので、合併症のない高血圧の方については、「まず食塩を10g/日を目標にしましょう。塩や醤油の代わりにスパイスやゆずなどの柑橘系を使って食事を組み立て、塩分を減らしましょう」とお話ししている。


なんてことを考えながら、その広告を読んでいた。その本では、「ツボを押すこと、体操、肉類を食べてタンパク質を取り込み、血管を若返らせる、などということが記載されているようだが、そこについては???としておきたい。


てなわけで、今日も、新聞広告を見て「う~ん」と考え込んだ次第である。

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