第402話 宅直

病院は、「医療法」に基づき、「院内に『医師』が常駐しなければならない」とされている。当院はそれほど規模のある病院ではないので、当直帯は基本的に当直医は1名のみである。ところが、当院は訪問診療も行なっており、訪問診療では「在宅での看取り」も行なっている。困るのが、当直帯に在宅訪問診療中の方が亡くなられたときである。


私の修業した研修病院では、複数の医師が当直しているため、この問題で悩むことはなかった。在宅診療の方の当直帯の死亡確認は、基本的には「内科当直医」が、ただ、訪問診療を担っている医師が師匠、糖尿病外来を担当しておられるM先生、そして私だったので、私が当直中に私の患者さんが亡くなった時は、当直医ではなく私が死亡確認のための往診を行なっていた。


前職の診療所では「有床診療所」のため、「医師が『常駐』しなければならない」との制限がなかったため、非常勤医が当直の時は主治医が呼ばれ、常勤医が当直の時は、短時間病院を空け、往診に出かけていた。


ところが当院は「病院」のため、当直医を「院外」に動かすことはできない。なので、訪問診療中の患者さんが亡くなった時の死亡診断のためには、別の医師が動く必要がある。そのため、当直帯、休日は「宅直」という形で対応する医師を決めている。


元々、この土、日は旅行に行くつもりだったのだが、気分が乗らず、春にもなって来たので、父の墓参をしようと思っていた。


昨日の午後、在宅部の師長さんから、院内PHSで連絡があり、「先生、今晩と明日。宅直に当たっているけど、用事とかないですか?」とお尋ねの電話があった。


宅直のアルバイトの先生は、比較的「この日はダメ」と言ってこられるので、ついつい私が気軽に交代を引き受けることが多い。あまりに多いので、いつ自分が「宅直」にあたっているのか、すっかり忘れていることもしばしばである。呼び出されることは少ないのだが、今回は末期の患者さんがおられる、ということで師長さんが確認の連絡をくださった。


「あら、そうでしたか。う~ん、明日は父の墓参に行こうと思ってたんですけど…」と伝えると、「死亡した」と連絡を受けてから数時間は待ってもらえると思うから、墓参、出かけてもらって大丈夫ですよ、と言ってくださった。しかし、帰宅して自分が宅直に当たっていることを妻に伝えると、「やはり、遠方まで墓参に行くからねぇ。呼ばれてから3時間近く戻ってこれなければ困るでしょ。やはり日延べしましょう」と言ってくれた。前述のこともあり、かなりメゲメゲにめげていたので、父の墓参はいったん中止することとした。


夜中に呼ばれる可能性もあるので、いつもより緊張しながら就寝した。私は普段からお酒を飲まないので、「宅直だから」と言って、何か特別なことをするわけではない。


いつもと同じ、午前6時ころに目が覚めた。緊急呼び出し用のガラケーを確認したが、「呼び出しがあったのに眠っていて気づかなかった、あるいは二度寝してしまった」ということはなさそうだった。


布団の中で少しゆっくりし、起床。いつもの休日と同じように朝食を食べた。うだうだとしながら午前を過ごした。日曜日の昼食は、基本、私のスパゲティなので、スパゲティを作って、家族で食べた。午後も、あまり活動的なことはせずウダウダ。少し昼寝をして、笑点を見ると、午後6時になった。休日の宅直は8時~18時、と18時~翌8時、ということになっている。そんなわけで、注意していたが、呼び出されることはなかった。


このような結果となるのであれば、親父の墓参に行っておけばよかった、と思うのと同時に、もし仮に墓参に出かけていたら、遠方の地で「死亡確認の連絡」を受け、高速道路を飛ばして、慌てて帰ることになったのだろうなぁ、とも思ったりする。


人生、そんなものなのかもしれない。

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