第392話 いや、受付時間内やし。(私、そんなに断っている?)

3/25は雨だったせいか、あるいは市が行なっている特定健診の実施期間から外れているためか、土曜日としては珍しく、穏やかな外来だった。


カルテが山積みになって、「ヒーッ!」と思いながら、「ちぎっては投げ」気分で外来をこなすのは、仕事中は「必死」なのだが、その分、時間が過ぎるのは早く、気が付けば「受付終了時間」となっていることが多い(その時点で、まだ診察できていない患者さんがたくさんいることが問題であり、ストレスなのだが)。その一方で、今日のように緩やかに時間が流れる外来の時は、これまた、「まだこんな時間なのか…。この後、これから重症な人が来たり、診察終了間際になって一気に患者さんが来たらどうしよう」と不安になってしまうので、なかなか厄介なものである。いずれにせよ、「外来診察」はストレスである(笑)。


患者さんが多くはなかった、とはいえ、悩ましい患者さんはお見えになるもので、職場に提出用の健診を受け、本日、身体診察を行なって診断書を作成する予定、となっていた患者さん。特にタバコを吸ったりしない、とのことだが、不自然に白血球数、赤血球数、血色素量、ヘマトクリットが高く、MCVは正球性、血小板は10万ちょっとと、「多血症があり、なんとなく造血系(骨髄)にトラブルが起こっていそう」な方がお見えになられた。


また、脂質異常症の家族歴もなく、虚血性心疾患の家族歴のない20代前半のやせ型女性で、LDL-Cが160程度と高く、「多分、経過観察でいいと思うんだけど、家族性高コレステロール血症の可能性、ほんまに大丈夫かなぁ?」と不安になる人がお見えになられた。


そういう方が健診で受診されると、健診結果と、就労の判断に困る。就労の判断については、かつて医事課と「就労の判断は、事業者の産業医が判断することで、私が判断することはおかしいのではないか」と少し議論したのだが、なんだかんだで、「当院ではその欄まで記入するというルールとしている」と言われ、それからは記載しているようにしているのだが、そのような健康診断のほとんどが、就労を前提とした診断書なので、「就労に問題あり」とすると、これまた困ったことになる(健康診断を受けた人が就労を制限されれば、収入にかかわる)。というわけで、よほどの理由がなければ、「就労可。ただし診断として挙げた疾患については、定期的な経過観察が必要」とか、「就労可。ただし、上記の診断については精密検査を要す」という形で就労の可否を記載することがほとんどである。


今日の患者さんも、最初に挙げた患者さんについては、「今度は『保険診療』という形でもう一度受診してください」とお願いし、診断書についても、「健診異常は精密検査を要する」と記載した。後者の方は、「就労可。脂質異常症は定期健診で経過観察」と記載した。


そんなわけで、状態は落ち着いて、定期薬希望の方もいれば、「急ぎ受診したい」と言って来院される方もおられる。


11時過ぎだろうか、外来看護師さんから、


「先生、いま医事課から連絡があったのですが、当院は全く初診の方で、近隣の整形外科へ肩の痛みで通院していたそうなのですが、そこで肩のレントゲンを撮ったところ、肺に「おかしな影がある。内科の医者に診てもらえ」と言われたので、来院された、という方がおられるのですが、どうしましょうか?」と尋ねられた。


いやいや…、今は「外来受付時間」ではないか。「転倒して、手首が腫れている」、とか、「頭をぶつけてから、なんとなく様子がおかしい」というのであれば、外来担当医に「お伺い」を立ててくるのもむべなるかな、と思うのだが、患者さんが訴えているのは、明らかに「内科的」問題である。うちはちっぽけな病院で、「選定療養費」(大きな病院だと、紹介状が無ければ余分に取られるおカネ)を取っているような病院でもない。それに「外来受付時間」ということは、「この時間帯に受診された方は。よほどのことが無ければ診ますよ」と宣言している時間である。断る理由は全くないし、断ろうとも思わない。


「わかりました。僕、診察しますので、受付してもらって構いません」と看護師さんに伝え、受付をしてもらうことにした。数人診察すると、その患者さんの順番が回ってきた。患者さんは整形外科のレントゲン写真のCD-ROMを持参しており、当院の画像システムにデータを入れてもらったところで、患者さんの診察前にレントゲン写真を確認した。


「あれ~?なんじゃこれ~?」と頭の中にクエスチョンマークがあふれ出した。ディスプレイ上の胸部レントゲン写真は、上肺野には、間質性肺炎様の多発するスリガラス影が見られているが、その割には下肺野はきれいである。一般的な間質性肺炎は下肺野、下葉に病変がたくさん見つかること、疾患は下葉から進行してくることが多いので、そこがなんとなくおかしい。


患者さんの住所を見ると、これまた、ずいぶんと遠くから来院されていた。少なくとも、車で30分近くかけて来てもらう値打ちがあるほど、当院の病院としての能力は高くないと思っている。ご持参の結果も一筋縄では行かなそうであり、何か、変な感じだなぁ、と思いながら、患者さんを呼び込んだ。


患者さんは60代の女性。以前から肩の痛みで、整形外科で他院治療中であった。昨日、定期受診時に「肩のレントゲン」を撮影した際に、照射野に入っていた肺野の陰影が不自然だったため、胸部レントゲンを撮影し、「やはり肺野の陰影がおかしい」ということで、「内科を受診しなさい!」とかかりつけ整形外科医から指導され、こちらに受診された、とのことだった。ご主人も一緒においでになられており、「ネットで検索したら『間質性肺炎』と書いてあり、厳しいことばかり書いていたので、娘と二人で昨日は泣いていました」とおっしゃられる。少なくとも、ご主人、お子さん、ご本人も強い不安を感じておられるのは分かった。


「なるほど、ずいぶんご心配だったのですね。いくつか検査を行ないますが、その中には、今日は結果が出ないものもあります。とにかくお身体を診察させてもらって、検査を行ない、今日結果が出るものについては、ご説明しようと思います」とお伝えし、いくつか確認させてもらった。喫煙歴はなし、ペットも特に買っていない。業務歴もアスベストに暴露される仕事をしたことはない(これまで、仕事をしたことはありません、と言われていた)とのことだった。


バイタルサインは安定し、SpO2も室内気で97%と良好に維持できていた。胸部聴診では「間質性肺炎」に特徴的な”Late inspiratory Crackle”は聴取しなかった。特に両側下肺野背側では。


胸部単純CTと呼吸機能検査、そして外注検査にはなるが血液検査を提出した。これまた、悩ましい結果であった。


呼吸機能検査では「肺活量の低下(%VC 68%)は見られたが、強制呼気ではFEV 1.0%は110%と、少なくともCOPDで特徴的なFEV1.0%の低下はなく、フローボリュームカーブを見ても、肺活量が減っているのでグラフは小さいものの、形態は正常の形態をとっていた。呼吸機能検査の結果は「拘束性換気障害」(特発性間質肺炎で一般的にみられる所見)であった


胸部CTでは、両側上葉、右中肺野、左舌区には、散在する「特発性間質性肺炎」に特徴的なUIPパターンが胸膜直下にそれなりに散在しているのだが、なぜか、下葉は両側とも異常陰影を認めなかった。普通の間質性肺炎なら、下葉にもたくさんの病変ができる(はず)であろう。


そんなわけで、最初に患者さんにお話ししたように、今日一日で結果が出るものでもない。

来週の受診をお願いし、「この病気は、しっかりと腰を落ち着けて戦わなければならないものだろうと思います。来週、結果を聞きにおいでになってください」と説明した。画像の説明の時に、「急激に症状が進行することはそれほど多くない」とお伝えしたら、ご家族も少し落ち着かれたようだった。


そんなわけで、今日は検査のみで帰宅してもらったのだが、少し時間があったので、スマホで「特発性間質性肺炎」を調べると、その原因となる疾患として、7つの病態がある、と記載されていた。私が医学生のころは、「特発性」という言葉を持たない、「間質性肺炎」として、9種類ほどに分類されており、その中の一つに「特発性間質性肺炎」と分類されていたように記憶していた。


今の疾患概念では、「特発性間質性肺炎」≒「特発性肺線維症」であり、特発性間質性肺炎のほとんどが「特発性肺線維症」ではあるが、その他の病態も「特発性間質性肺炎」に含まれるとのことだった。


好みの問題、慣習の問題と記憶しているが、アメリカでは「特発性間質性肺炎(”Idiopathic Interstitional Pneumonitis”)」よりも「特発性肺線維症(“Idiopathic Pulmonary Fibrosis”)」という表現が好まれていると聞いたことがある。またそれだけではなく、「肺炎」という言葉で表記されているが、いわゆる感染性の「肺炎(“pneumonia”)」とは全く別の病態であり、患者さんに説明するときはあえて「肺炎」という言葉を使わない(”pneumonia"と"pneumonitis"の違いを説明するのは組織学的な話から始めなければならず大変なので)「特発性肺線維症」という言葉を私はこれまで選択していたが、時にそれは間違いだったのかもしれない、と自分の不勉強を恥じた。


何となれば3日前に大学病院から「特発性間質性肺炎」の患者さんの療養の継続をお願いしたい、という依頼に「特発性肺線維症」の表現で返答し、大学病院側から「肺線維症」ではなく、「間質性肺炎」です、と指摘されたのに対して、「一緒やろー!」と内心、プチ怒りしてしまった。自身の不勉強というものは、全く恥ずかしい限りである。


はてさて、採血結果と読影結果、どのように帰ってくるのか、気がかりである。

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