第381話 大きな記事ではなかったけれど

今日の読売新聞朝刊。「科学と医療」面の右下に、「こぼれ話」として記載されていた記事。


報道機関に、日本臓器移植ネットワークを通じて臓器提供者「ドナー」の家族のコメントが寄せられることがあるそうだ。昨年の12月に届いた報道資料にも匿名化されたドナー情報と、家族のコメントが添付されていたそうだ。


<以下引用>

 ドナーは男子高校生で、突然の出来事だったという。母はこう記していた。「心臓だけは堂々と打ち続けている。力強く若い身体。これはお役に立てるはずだし、移植することが息子の生きた証しになるはずだ」

 だが、「けれど相反して…」で続く一文に、本当の心の叫びがつづられていた。

「誰かにあげるために食べさせてきたんじゃない。オムライス、ハンバーグ、卵焼きにお好み焼き。みんな、あなたに大きくなってほしくて、好きだって言ってくれるからたくさんたくさん作ったんだよ。『行ってきます』と家を出たのだから、『ただいま』って言って帰ってきてほしい。何だって作るし、思いきり抱き締めたい」

<引用ここまで>


だめだ。書き写すだけで涙が出そうだ。お母様の悲しみを思うと、心が張り裂けそうになる。自分自身はもういい年になってしまったので、臓器移植のドナーとはなりにくいとは思うが、もし自分自身が脳死になったら、自分の臓器を使ってほしい、と思っている。しかし、自分の子供たちが脳死になり、臓器移植のドナーとなることを提案されたら、と思うとすぐに「わかりました。同意します」と言えるだろうか?私の中の「医師としての私」は「そうするべきだ」と即答するだろうが、「子供の親」としての自分はとてもつらくて、すぐには答えられないだろう。


この記事を読んだだけでも、二人の子供たちの小さなころからの思い出がたくさん思い出されて、こんなに愛しい存在を失うなんて、到底受け入れられない。でも、ドナーになろうとなるまいと、失ってしまうのはもう既定の路線なのである。だめだ。また涙が出そうになる。


349話で、心臓の難病で心臓移植でしか助からないお子さんが、結局心臓移植をできずに亡くなられた、とのことでその子のお父様の声が同じく読売新聞に記載されていたので、再掲する。


<以下引用>

「本当に悔しい。救えるはずの命が救えない。こんな国じゃだめですよ」

<引用ここまで>


どちらも、愛しい子供を亡くしたつらい気持ちはわかるのだが、受ける印象が全く異なるのはなぜだろうか?


心臓の難病のお子さんを亡くされたお父様の言葉には、「臓器移植」という医療の背後に、前に引用したお母様のやりきれない思いがあることに、考えが至っていないように感じるのだが。


お父様の目には「移植に必要な元気な心臓」は写っていても、その「心臓」でつい先ほどまで元気で生きていた「人」、その人を大切に思っている人たちの「悲しみ」は写っていないように思える。そうでなければ、「こんな国じゃだめですよ」なんて言い捨てることはできないだろう。


今、ふと「鬼子母神」の仏教説話が心に浮かんできた。


鬼子母神は500人の子供の母であったが、人間の子を食べるのを好んでいた。そのため人々から恐れられていた。それを見かねた釈尊は、鬼子母神が最もかわいがっていた一番末の子供を托鉢用の鉢に隠した。子供がいないことに気づいた鬼子母神は7日間、世界中を探し回ったが子供は見つからず、釈尊に助けを求めた。釈尊は、「多くの子を持ちながら、一人を失っただけであなたはそれだけ嘆き悲しんでいる。それなら、ただ一人の子を失う親の苦しみはいかほどであろうか」と諭した。鬼子母神は自らの行いを心から反省し、「これからは仏の教えに従います」と三宝(仏・法・僧)に帰依を誓うと、釈尊は隠していた末子を鬼子母神のもとに戻した。その後の鬼子母神は、仏の教えを保つものを守護する働きをする神となった、という話である。


子供を失うつらさは、親としては耐え難いものである。その中で、「ドナー」としてお子さんの臓器を提供されたご両親のお気持ちはいかばかりであろうか。レシピエントとなった方、そのご家族は、「ドナー」の命の犠牲の上に自らの命、愛しい人の命があることの意味を考えるべきであろうと思った。


最後の文章はずいぶんと上から目線になってしまったようで申し訳ない。小さな記事だったが、とても心打たれたので、気持ちを書いてみた次第である。

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