第377話 また言うてる~!!

昨日は、訪問診療と午後の時間外当番の担当だった。発熱外来もそれほど忙しくはなく、穏やかだなぁ、と思っているときに限って大きな出来事が起きる。


15時前ころだったか、病棟から緊急呼び出しがあった。


「先生、患者さんが座っていたところ、急に意識を失いました。数日前にも一時的に意識を失った方なんです。すぐ来ていただけますか?」


とのこと。「わかりました。すぐ行きます!」と席を立ち、病棟に駆けつける。駆けつけたが、肝心の患者さんがどこにいるのか分からない。連絡をくれた看護師さんも病室までは言ってくれていなかった。ナースステーション前でオタオタしていると、別のスタッフが、「先生、あちらです!」と教えてくれた。慌てて、その病室に入る。


看護師さん3人が患者さんを囲んで、下肢挙上(血圧が低いときは脳に血液を回すため、両足を高くした姿勢を取らせることが多い。どこかで、「下肢挙上はかえってよろしくない」という文献も見たような気がするが思い出せない)の状態で、血圧を測定していた。すでにモニタ(ナースステーションに置いている機械に心電図などを送る装置)は付けられていた。


血圧、脈拍、酸素飽和度は確認することができ、血圧 120/60、脈拍 62回/分、SpO2 96%であった。意識を評価するときに、患者さんには申し訳ないが意識のない状態の時は、「痛み刺激」を与えて反応を見る。JCS(Japan Coma Scale)はGCS(Glasgow Coma Scale)に比べて簡便なので、他職種と連携するときはJCSで話をすることが多い。私が医学生の時は、JCSは「3-3-9度」方式と呼ばれていたが、今は少し変わっているようだ。自発的に開眼しているときは1桁、閉眼しているが、外部の刺激で開眼するときは2桁、外部の刺激にも開眼しないときは3桁で表記し、それぞれの状態で、また3つに分かれているので3×3=9ということで、3-3-9度と言われるようになったのだろう。


この患者さんは、今、外部刺激に開眼しないので、JCSで3桁の状態である。この時、痛み刺激を与えて、振り払おうとする動きをすれば100,痛みから逃げようと身体をねじる程度の反応なら200,全く無反応なら300である。与える痛み刺激も重要であり、やはりそれなりに「痛いこと」をしなければ判断できない。私が行なう方法は、握りこぶしを作り、そうすると中指が拳の中で一番飛び出しているので、その部分で、患者さんの胸骨(胸の真ん中にある平べったい骨)をそれなりの力で「グリグリ」するのである。胸骨と皮膚の間にはあまり介在するもの(脂肪組織など)がないので、敏感な「骨膜」を刺激することになる。なので実際にそれをされるとかなり痛い。「痛い」とわかっているのにするのは心苦しいのだが、意識障害の評価のためにはしょうがない。そんなわけで、しばしば、「グリグリ」せざるを得ないのである。


そんなわけで、患者さんの胸骨を「グリグリ」してみた。痛み刺激に反応なく、JCSは300(私が医学生、研修医の時はJCS-Ⅲ-300と表していた)である。いわゆる「深昏睡」である。


以前に書いた文章で、一過性意識消失発作の原因として、血管迷走神経反射、けいれん発作、心原性失神を挙げた。「消化管出血」も原因となりうる、というアドバイスもいただいた。現在のバイタルサイン、意識消失発作が起きてからの時間を考慮し、原因を推察する。血管迷走神経反射はほとんどの場合、臥床して脳血流が維持できれば速やかに意識は回復する。心原性失神、消化管出血は脈拍が変化するはずである。もちろん血圧もおかしくなることが多い。ということを考えると、その三つの可能性は低くなる。


患者さんのところに到着し、患者さんを最初に観察した時点で、患者さんの下顎が動きは小さいが、カクカク震えていることに気づいた。下顎を動かし、開口させようとしても、筋緊張が強くて開口できない。眼球を観察するが、視線は正中位で瞳孔径は正円同大、2.5mm程度と縮瞳も散瞳もしていない印象である。対光反射は両側とも迅速であった。瞳孔の所見は合わないが、私は「けいれん発作」が最も疑わしいと考えた。


「確かに身体は冷たくて、冷や汗をかいた後のようには思うけど、少し下顎もカクカクと震えていたし、意識消失時間も長いし、バイタルサインも安定しているので、けいれん発作の可能性が高いと思うんやけど…」

「そうですか・・・?意識を失ったときは、結構冷や汗も出てて、迷走神経反射みたいやったんですけど…」

「そうですかぁ…。セルシンを使おう、と思ってるんですけど、どうしましょうか?」

「先生、もうちょっと待っても良いのではないですか?」


と看護師さんとやり取り。いずれにせよ、できることをしなければならない。SpO2は良好なので、現時点で酸素投与は不要。モニタは付いている。あとは、点滴路(ルート)の確保と採血、血液ガス(SpO2は良好なので、静脈血でpHが分かればよいと判断)、心電図、そして意識が回復していないので、SAHなど評価のための頭部CTを指示した。


それから5分ほど、看護師さんが採血や点滴路の確保をしてくださっている間に、SpO2と血圧の動きを見ていた。やはり血圧は120台で心拍も60台、SpO2も96~97%と安定している。再度「グリグリ」する。今度は、手を払おうとしてきた。JCS-100であり、意識は改善傾向であるが、やはり「昏睡」であるのは変わらない。


点滴路の確保、採血が終わり、患者さんは心電図と頭部CTを撮影するために1階の検査室に降りて行った。その間にカルテを記載した。前回の意識消失発作の記載を確認するが、その時は数分で意識は回復したようだった。う~ん、やはり今回は「けいれん発作」と考えるべきなのかなぁ、と悩んでいた。


「けいれん発作」であれば、速やかにけいれんを停止させなければならない。その際によく使われる薬剤が「ジアゼパム(商品名は「ホリゾン」とか「セルシン」)」である。ただ、この薬剤は、脳の電気活動にブレーキをかける薬剤なので、他の原因で意識を失っているのであれば、却って意識レベルを落としてしまうことになる。全身性のけいれん発作で手足をガクガクさせていれば、躊躇なく使用するのだが、今回のように「けいれん発作!」と確信できなければ使いづらい。その一方で実際に「けいれん発作」であれば、身体の動きの激しさとは関係なく、脳内に異常な電気刺激が走り回っている状態なので、速やかにその状態から離脱させてあげなければならない。意識を失ってから15分近くたっているので、本当にけいれん発作であれば「重積発作」の状態であり、「脳」のためにもけいれんを止めなければならない。


しばらくして、患者さんが検査から帰ってこられた。看護師さんが


「先生、今さっき、声を掛けたら「はい」と返事をしてくれて、指示で離握手ができました」とのこと。


「◇☆さん、わかりますか?」と肩を軽くたたきながら声をかける。開眼はされないが「はい」と返事をされる。看護師さんに、「この方、いつもこんな感じですか?」と聞くが、やはりいつもより意識レベルは悪い、とのこと。ただし、JCSは3桁ではなく2桁に改善。軽い刺激で反応があるので、眼は開けていないがJCS-20と考えた。受け答えもできるようになっており、「けいれん重積発作」の状態ではないだろうと考え、経過観察とし、採血結果を待つこととした。それから5分ほどで採血結果が戻ってきた。院内緊急検査のみであるが、血液ガスはpH 7.400と悪くないが、pCO2 54.0,HCO3 29.8とCO2、HCO3とも上昇していた。静脈ガスとしてもCO2は正常より蓄積されているが、HCO3も上昇しており、今回の発作での低換気ではなく、もともと低換気だったのではないか、と判断した。CBCは問題なし、生化学も特記すべき異常なく、電解質異常も見られず。低血糖もなかった。


意識障害の原因についてのニーモニック(日本語では「語呂合わせ」という感じか?)で”AIUEOTIPS”(日本語読みで「あいうえおチップス」)というのがある。ポテトチップみたいな感じだが、それぞれの頭文字が意識障害を来す病態を表している。患者さんについては、採血結果をカルテにまとめたところでもう一度訪室すると、眼は閉じたままだが、声をかけるだけで「はい」と返事をされ、お名前はきっちり答えることができた。閉眼はされているが、意識レベルは著明に改善したと判断。看護師さんに「経過観察、翌朝主治医報告」と指示し、カルテに”AIUEOTIPS"について、それぞれ評価の根拠と可能性を記載(可能性高ければ「〇」、否定的なら「×」、判断できないものは「?」とした)し、経過、結果などから、「けいれん発作」が最も可能性が高いと考え、最後に主治医宛に、可能性としては「けいれん発作」の可能性が高いと思われる、とメッセージをカルテに残しておいた。


今朝の私の回診後、主治医が出勤されていたので、「◇☆さん、昨日長い時間意識消失がありました。けいれん発作の可能性が高いと思います。先生、診察のほど、お願いします」と申し送った。


どうも◇☆さん、明日退院し、施設に入所予定だったようだった。昨日の出来事があり、施設からの問い合わせがあったようで、何度か地域連携室のスタッフと主治医が電話でやり取りをしていた。医局で昼食を取っていると、その話は当然聴かずとも聞こえてくる。


「うん、明日退院で大丈夫やから。病名か?病名は『一過性脳虚血発作』! そう。『一過性脳虚血発作』って施設に言うといて!」


とのこと。以前にも書いたが、「一過性意識消失発作」と「一過性脳虚血発作」は全く異なる疾患概念である。以前の文章でも、この混同が多くてガックリすることが多い、と書いたが、今回もまたである。


「また間違えているよ」と電話のやり取りを聞きながら、内心ガックリした私であった。

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