第273話 崇峻天皇御書

冬休みが終わるにもかかわらず、たくさんの宿題を抱えていた長男君と少し雑談をしていた。彼曰く、勉強が少し落ち着いたら、岩波文庫から出ている「歎異抄」を読みたい、と言っていた。そこから少し話が広がり、他の鎌倉仏教の開祖の著作も岩波文庫から出てるのかなぁ、という話になった。


調べてみると、日蓮の御遺文集は出ているようだった。いくつかの著作が乗っているようである。目次を調べていると長男君が、「あれ?『崇峻天皇御書』というのがあるよ?でも崇峻天皇って、鎌倉時代よりうんと前の人だよね?どんな内容なんだろう?」と疑問を持ったようである。


デジタルの時代、こういった疑問をGoogle先生などがすぐ解決してくれることが有難い。検索すると、全文が検索されてきた。バックグラウンドなども調べる。『崇峻天皇御書』は「お手紙」なので、バックグラウンドがわからないとちゃんと理解できない。


この「お手紙」は四条金吾頼基という在家の信者に書かれたもの、という事である。四条金吾は主君江間氏(北条家の一族)の家臣であったようだ。主君は四条金吾の信仰に対して、快く思ってはいないものの、当初は黙認していたようだが、日蓮の教団と、他宗の教団との法論の際にその場におり、他宗の教団が法論に負けて騒ぎになったようなのだが、それを「四条金吾が暴れた」と讒言したものがいたらしい。それが主君の耳に入り、「信仰を捨てる」との起請文を書くように命令されたそうだ。四条金吾は自身の信仰を貫き、主君のご勘気を被り、一時は冷遇されたそうである。


武家社会も、現代の会社組織と同じように派閥争いや足の引っ張り合いがあったようで、四条金吾の主君からの評価が下がり、ウハウハした人もいたらしい。ところが、主君が病に倒れ、医学の心得がある四条金吾に主君が、「治療を任せる」と命じ、彼も、主君の治療に専念した。その甲斐あって、主君の病も改善に向かい、主君の四条金吾に対する評価は上昇、四条金吾の足を引っ張っていた人は、「隙あらば」と四条金吾の命を狙っていた状況であったそうな。そのようなときに日蓮から四条金吾に送られた手紙である。


四条金吾は武士らしく情に厚く、日蓮が深夜、罪人として連れ出され、由比ガ浜で斬首される、という動きにいち早く気づき、日蓮を乗せていく馬の鐙に縋り付き「私も一緒に行かせてください。私も一緒に首を切られます」と刑場までついていった人であった。その一方で、鎌倉武士の性質なのか、短気だったようで、しかも感情がすぐ表情に出てしまう人でもあったようだ。


さて、そのお手紙。最初は、ご供養の品々に対して、「ありがとう」とのお礼があり、そのあと、こまごました注意がなされている。曰く、「あなたは命を狙われている身なので、主君の家に出仕したり、帰宅したりするときには決して一人になってはならない」とか、「あなたは、短気で、それがすぐ顔に出てしまうので、短気を起こしたり、感情を表情に出さないようくれぐれも心がけなさい。主君の治療に当たっていることに対しても、『到底私の能力は至らないものの、主君の命により微力ながら、一生懸命に治療に当たらせてもらっています」と偉ぶらないようにしなさい。とにかく振る舞いの一つ一つに注意を払いなさい」との指導、というか、愛のムチというか、親心というか、細かいところまで注意されている。


『崇峻天皇』のことは、自分の身を慎まなかったために臣下に殺された天皇、としてその故事を取り上げられていた。


崇峻天皇が「甥」に当たる聖徳太子に顔の相を見てもらったところ「人の恨みを買って殺される相が出ています」と言われたそうな。「ではどうすればよいか」と太子に尋ねたところ、「如何ともしがたいですが、言動を慎めば、その難からは離れられそうです(趣意)」とのこと。なので、しばらくは言動を慎んでいたそうだが、ある時、イノシシの捧げものをもらったときに、そのイノシシの眼をくりぬいて、「私の嫌な奴を、このようにしてやりたいものだ(趣意)」と言ったそうだ。その場にいた聖徳太子は「これはまずい!」と思い、その場にいた全員に宝物を与え、「この出来事は一切口外無用である」と口止めを図るが、どこかから敵対する蘇我氏にその発言が漏れ、「自分が殺されるのではないか」と考えた蘇我氏が崇峻天皇を暗殺した、という故事であった。


四条金吾がくれぐれもそうならないように、と伝え、最後に「教主釈尊の出生の本懐は人の振る舞いにて候いけるぞ・穴賢 穴賢・賢きを人といい、はかなきを畜といふ」と手紙を閉じている。


日蓮の洞察力は「釈尊の出生の本懐(生まれ出た本当の理由)」は「人の振る舞い」を教えるため、と結論付けている。確かに、「四門遊出」のエピソードから、人間、あるいは生きとし生けるものの儚さ、無常を感じて出家した釈尊なので、その悟りは結局のところ「人間としてどのように生きるのが正しいのか」というところに答えが落ち着くはずである。


深い言葉だなぁ、と思った次第である。

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