第256話 コンビニエンスストアの功罪

私の勤務先は、今日が仕事納め。今日の午前は外来担当だった。外来クラークさんから、「週明けからどんどん患者さんが少なくなっているので、今日は落ち着いていると思いますよ」と言われたが、私個人としては「多分受付終了30分前あたりから、患者さんの波が来るだろう」と予想していた。果たして結果はその通り。二人の患者さんに直腸診を行ない、一人は大学病院に紹介状を作成。


日本語も英語も通じない、4か月前からの両側腹部痛を訴える女性。通訳の人も日本語がかなり怪しい。「問診」がうまくできない、ということは内科診断学のハードルを大きく上げる。身体所見も異常なく、血液検査、腹部CTも多少の便秘があるくらいではっきりしない。本人の言うことを聞くと、2~3時間ごとの間欠痛、らしいので、便秘症と考え、下剤を処方し、followとした。健診異常で受診した中年男性は、収縮期血圧が200代、軽度の糖尿病、脂質異常症、慢性腎臓病、肝障害を指摘されていた。


どうして年末最後の診察の、しかも終了30分前になって、駆け込んでくるのだろうか?もうちょっと早く来ることができるだろう、と思ってしまった。


私が子供のころ、というともう半世紀近く前になるのか。年末年始はとにかく忙しかった。大晦日~正月三が日は基本的には商店は正月休みとなるため、正月期間中に必要となるものの買い出しは必須だった。正月期間は、商店街はがらーん、としているのが当たり前だったように記憶している。


医療機関への受診でもそうである。週末に体調を崩すと、そこまで調子が悪くなくても、「病院がお休みになるから、今日金曜日のうちに受診しておこう」と親に言われて受診していたことを覚えている。やはり週末は「医療機関もお休み」というのが当たり前の時代だったと記憶している。なので、休みに入る前に前もって用意をしていたように記憶している。


時代は下がって、20年ほど前、私が研修医のころ、深夜のERではこのような訴えの人に煩わされていた。曰く「3日前から熱が…」とか、「2週間前から咳が止まらなくて…」など、「それ、夜中の1時にERに来なければならない病気か?」と思うことを多々経験した。症状がひどければ、しっかりと対応ができる通常の診察時間に受診すべきであろう。もちろん、仕事などでこの時間になった、という事情が背景にあるのかもしれないだが、心の中で「もっと早く受診してよ…」とか、「どうしてここまで放置していたのだ!」という気持ちにもなる。


もちろん、それを口に出すとトラブルとなるのは火を見るより明らかである。研修医向けの当直ガイド、みたいな本には必ず「患者さんが『救急』と思えば救急と考える」などという言葉が書いてあった。「なんでこんなに悪くなるまで放っておいたの?!」と思った場合には、「今来てくださってよかったです。重症なので、タイミングがさらに遅れていたら命にかかわっていましたよ。よかったですね」と肯定的な言葉を伝える。


しかし、いつから私たちは、「病院が休みになるから」と思って早めに受診する習慣を失ってしまったのだろうか??


私の勤務経験のある医療機関はいずれも、24時間365日対応可能、を掲げている医療機関である。中でも、前職場である診療所では、30年ほど前には私は医学部入学前であり、事務当直として仕事にあたっていたが、診察依頼の電話でも、「数日前から~」というような依頼は少なかったように思う。少なくとも「夕方から」とか、「先ほど熱を測ると」ということが多かったように記憶している。


「医療のコンビニ受診」という表現もあるが、実際問題として、24時間営業のコンビニエンスストアが多数開店した1990年代前後から、特にその世代の若い人(私たちの世代(現在50代)より若い人たち)には、昼夜関係なく、24時間365日、同じクォリティの医療を要求されるようになったと思っている。しかし、それは無茶な話である。人的ソースが圧倒的に異なるからである。急性期病院である研修病院では、「医師のレベル」は別として(謙遜)、各種検査スタッフも当直していたので、日中とほぼ同レベルの医療が提供できたが、その後に勤務した病院では、夜間帯は貧弱そのものである。


私の個人的感想であるが、「コンビニエンスストア」の24時間化と、消費者サービスの提供水準の要求が24時間同等となったのが大きく関連しているように思っている。


日本で最初のコンビニエンスストアチェーンである、セブンイレブン。当初は名前の通り、AM7:00~PM11:00の営業時間だったはずであったが、いつの間にか24時間営業が当たり前となった。関西人である私にとっては、ローソンがそうであった。


前回の「新聞」の文章で、発熱外来の設置数が平日は2000施設以上あるにもかかわらず、日、祝日は300施設未満になる、ということを問題にしていたが、本来はそれが「普通」であるはずなのである。日・祝日に稼働している発熱外来が、「平日に休みを取っている」という例はわずかであろう。何とか人手を確保できる(できた)施設は頑張って休日の発熱外来を運用し、人繰りのつかない医療機関(医師が別扱いなのは気に入らないが、労働者は原則、週5日、40時間勤務が法律で定められているので、看護師さん、薬剤師さん、事務スタッフの方は適切に休みが与えられなければならない。なので、休日出勤をした人には代休を与えなければならない)では、休日の発熱外来を行なうことができないのは当たり前である。


ということで、日・祝日に「発熱外来」の開設数が減るのは「当たり前」。医療従事者も人間であり、労働基準法が適応されるわけである(なぜか医師は除外されている(泣))。


ということで、深夜、休日には平日よりも提供できる医療レベルが全体として低下するわけである。どうかそのようなときに「3日前から~」ということはできる限り避けてもらえれば、と思っている。

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