第240話 やっぱり来た!それも一気に。

数回前に「院内クラスター」の話を書いた記憶があるのだが、心配していた通り、これで3回目の「院内クラスター」が発生した。


前回書いたように、外部との接触がない患者さんがCOVID-19を発症したことを受け、土曜日の夕方に該当フロアの全患者さんのPCRを提出することになった。その結果が月曜日に返ってくると、複数の患者さんが陽性となっており、そのフロアの病室二つがCOVID-19感染部屋となってしまった。


私は諸事情で、日曜、月曜日を休日としている(週休二日制なので、火曜~土曜に仕事をしている。土曜日に仕事をする医師が少ないので、私が土曜日に出勤する、ということで雇ってもらっている)のだが、休み明けの今朝、出勤し朝の回診に回ると、私の担当する患者さんで発熱者が二人。どちらも本日COVID-19の緊急検査となっていた。回診を終え、午前診の準備をしていると、クラスターではない病棟から、私の回診時には体熱感のなかった患者さんが発熱しているとの連絡。「先生、先ほどの検温で、××さん、38.1℃です」とのこと。何てこったい!慌てて、病棟に戻り緊急検査のオーダーを出した。


ほぼ同時に、別の患者さんの緊急検査を行なってくれた病棟師長さんから「〇〇さん、陽性でした」と連絡が入った。病室の移動は看護部がしてくれるが、ご家族には私から連絡をする必要がある。もちろん高齢の方なので、可能であれば抗ウイルス薬も使いたい。COVID-19に対する内服の抗ウイルス薬は中等症の人向けに「パキロビットパック」と「ラゲブリオ」が、軽症用には、先日話題になった「ゾコーパ」が用いられることとなっているが、パキロビットパック、ゾコーパとも併用禁忌薬が30~40種類、併用注意も合わせるとかなりの薬剤が該当するため、当院ではラゲブリオしか採用していない(入院患者さんは全員が高齢者でたくさん薬を飲まれているため)。もちろんいずれの薬も本人あるいは代理人(ほとんどがkey person)の同意が必要であり、同意を得るための連絡、という意味もある。


Key personである娘さんに連絡をしたが繋がらず。外来の開始時間が近づき、少し後ろ髪を引かれる思いで外来に向かう。診察室に座ると、「外来前にスタッフの方がCOVID-19の検査を受け、陽性となっているので診察を」と依頼される。あぁ、またスタッフが1名感染か、と思いながら発熱外来へ。表情はよく、SpO2も良好であり、軽症と診断。対症療法薬を処方し、院内規定の休業期間を説明。処方を行なった。


そしてすぐに診察を開始。今日は珍しく、臨時受診の患者さんは発熱外来の患者さん以外には私の外来には来ず、定期受診の方と、健診の方が占めていた。


健診の方はきっちりすべきことをすると、自費診療カルテと健診部から回ってくる健診用紙の両方に記載しなければならない(健診用紙に記入しているから、という理由なのか、以前からの当院の習慣なのか、自費診療カルテには何の記載もないことの方が多い)。また、胸部レントゲンの読影も、心電図の解釈もそれなりに時間がかかる。問診表はあるが、しばしば(頻繁に?)記載漏れ、記載忘れがある。診察室でお話を聴き直したり、あるいは身体診察で大きな手術痕を見つけて「これ、何の手術をされたのですか?」と聞いてようやく「あぁ、そういえば…」となることも多い。


そんなわけで、一般外来の一人当たり平均診察時間が約6~7分と言われているが、健診の人は10分くらいかかっている印象である。なので、健診の人が多いとどんどんと診察すべきカルテが溜まってくる。他の医師と同じように自費診療カルテへの記載をしなければちょっと早くなるのだろうが、自費であれ、保険診療であれ、医師法に「診察した内容は速やかに診療録に記載すること(趣意)」とあるので、そういうことはしたくない。


また、診察すると結構心雑音やら、背部肺底部のLate inspiratory crackle(間質性肺炎の存在を疑う)が聞こえることが多い(健診を受けている人に高齢者が多いからだろう)。当院で定期的に通院している人でも、保険診療カルテにはそのような所見の記載がないことも多い。明らかに強い異常音が聞こえた方には、「健診の結果が返ってきたら、主治医の先生と相談してくださいね」と声をかけて健診終了、とすることもある。


閑話休題。そんなわけで診察を続けていた。定期的に受診されている患者さんの診察を行ない、お話を聞いているときに院内PHSが鳴った。手で「すみません」と合図をして電話に出る。朝に電話をかけた方のコールバックだった。「もう一度かけ直して」とも言えず、診察中の患者さんに手で「待ってください」のサインを送り、席を立って窓際でご家族とお話をした。土曜日のPCRでは陰性だったが、本日の検査でCOVID-19感染が明らかになったこと、年齢と今の状態を考えると抗ウイルス薬を使うべきだと思うこと、薬の効能、副作用の説明、薬の使用に今同意されても、同意の変更は可能であることを説明し、ご家族から「薬を使ってほしいです」と同意が取れた。「また何かありましたら、ご連絡します。よろしくお願いいたします」と言って電話を切り、慌てて診察室の椅子に戻った。


大事な話を聞いていたのだが、電話で頭の中が完全に別の患者さんに切り替わってしまい、もともとどんな話をしていたか思い出せない。「すみませんでした。え~っと…」と言葉に詰まると、患者さんが再度同じお話をしてくださった。あぁ、そうそう、と思いながらお話を伺い(急に立ち上がるとくるんと回るような感じがする、というお話だった。以前、BPPVで入院歴があり、症状からも軽いBPPVの症状と考えた)、「以前入院しためまいの軽いものだと思います。しばらくすると症状が消える、とのことなので、ゆっくり立ち上がること、回っている感じがしているときは、しばらくそのままの姿勢で待っていてください」と説明し、診察を終えた。


発熱外来の患者さんも私の外来に回ってくることが多い。今日も私の診察した発熱外来の患者さんは全員陽性。中に、80代の方がおられた。若い人なら対症療法薬で経過を見るのだが、やはり80代ともなると慎重になる。発熱外来に行くと、患者さん(女性)と、ご主人、息子さんが待っておられた。ご本人は重篤感なくSpO2も良好な状態。発症の4日ほど前にワクチンを接種したところ、とのことでご主人が「なんでワクチンを打ったのにコロナにかかるんですか?打たなきゃよかったです」と憤慨されている。「ワクチンを打っても、100%発症を防げるわけではないのです。ワクチンを打った人と打たない人を大きな目で比較すると、ワクチンを接種している人たちの方がより軽症で、死亡率も低いことが分かっているので、決してワクチンを接種したことは意味のないことではないですよ」と説明した。


80代の方なので、保健所に個人情報を送付し、保健所から療養についての指示があるので、それに従ってもらうこと、抗ウイルス薬の説明を行ない、ご本人の同意をもらい、「ラゲブリオ」と対症療法薬を処方した。


そんなこんなでいつものように診察は遅くなり、最後の方の患者さんは1時間以上お待ちいただくことになってしまった。いつものことながら「お待たせしました、すみません」と謝罪し、診察、投薬を行ない、ようやく午前の診察が終了。


朝の時点で、COVID-19の緊急検査を3人分指示していたが、1名しか結果を聞いていなかったので、他の2名の結果を聞きにクラスターではない(はずの)病棟に上がった。結果は前日から発熱していた方は陰性、回診の時には熱がなかった患者さんが陽性だった。私の担当していない患者さんも陽性となっており、こちらの病棟もクラスター病棟となってしまった。


私が担当している陽性の患者さんには親族がおられなかったので、ご本人に説明し、抗ウイルス薬を処方。陰性の方には、本来であれば熱源検索が必要なのだが、クラスターで患者さんの移動も基本的に制限しているため、血液検査を提出し、朝回診時には有意な身体所見の異常を認めていなかったことから、経験的に抗生剤を開始することにした。


そんなわけで、いろいろと病棟で指示を出し、医局に戻る。予定では、午後には新入院の患者さんが来られ、NST(Nutrition Support Team:栄養サポートチーム)の会議が行われるはずであったが、クラスターのため、新規入院の停止、感染対策以外の会議の中止という対応がとられたため、午後からのdutyがなくなってしまった。ということで昼食後、少しゆっくりと医局で過ごした(書類を書いたりしていた)。


明日は訪問診療の日だが、定期的に訪問している施設も今クラスターとなっているそうだ。油断していると、明日は我が身である。今年一度ホテル療養を経験しているし、再感染しないよう注意しなければ…。

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