第239話 ネクタイを締めて仕事をする。
医学生時代、臨床実習が始まる前に服装について注意がなされた。男性については、半袖のケーシー、ケーシーの上に白衣を着ることはOK。私服の上に白衣を着るときは必ずネクタイ着用、とのお達しだった。聴診器を首からかけるのは厳禁。必ずポケットにしまうように、というお達しもあったと記憶している。医学生時代は、「ネクタイなんて堅苦しいものを」と思っていたので、臨床実習はすべてケーシー、あるいはケーシー+長袖の白衣で過ごしていたように記憶している(もしかしたらずっと半袖ケーシーだったかもしれない)。
初期研修医時代は、ER以外の外来に出ることはないので、臨床実習時代より着衣はラフになった。基本的には「スクラブ」(術衣)を着て、その上に長袖の白衣を着る、というスタイルだった。聴診器はポケット、ではなく首からかけるようになった。ただこれは、ある程度理由があり、スクラブを着ているのは、いつでも縫合処置や中心静脈穿刺など、血液で汚染される可能性のある手技を行なうことができるように、という事である。長袖の白衣を1枚脱げば、ある程度の観血的な処置はできる、という事であった。もちろん、スクラブはゆったりしているので、圧迫感がなくて楽、という事も否定はできない。ロッカールームにはそれぞれのサイズで各何十セットもスクラブを用意してくれているので、出勤すれば、まずスクラブを手に取って着替え、そのあと長袖の白衣(これも各サイズごとに何十枚と用意されている)を着て、聴診器を首にかけ、院内PHSをもって準備終了、であった。白衣のポケットには、様々な参考書や担当患者さんのToDoリスト、ペンライトなどのグッズが入っているので、白衣は大体1週間おきに着替える、という事をしていたように思う。
ネクタイを締めて仕事をするようになったのは、定期外来を持つようになった後期研修医のころからだと記憶している。ネクタイを締めるようになった理由は、「外来だからきっちりした格好をしなくては」などという事ではなく、同期の友人が「ネクタイを締めている方が、外来で殴られにくい」と言ったからである。研修病院のある地域は、あまり治安のよい地域ではなかったので、その言葉が本当かどうかは不明であるが、少しでもトラブルを避けたい、というのが切実な理由であった。あとは、どうしても外来は少し寒いので、冬はあったかさ、という点でもネクタイを締めた方が有効であった。という事で、外来のある日と訪問診療の日はネクタイ着用、それ以外の日はスクラブで過ごしていた。
後期研修を終え診療所に移ってからは、病棟で過ごす時間より圧倒的に外来で過ごす時間の方が長くなったので、夏は半袖ケーシー、春と秋は半袖ケーシー+長袖白衣、そして冬はカッターシャツ+ネクタイ+ベスト+長袖白衣、という格好になった。
医学生時代、一度風邪をひいて、自宅近くのクリニックに受診したことがあるが、そこの医師が、結構だらしない私服の上にボタンを締めずに白衣を着ていて、なんだかとってもだらしなく見えて、不快感を覚えたことを覚えている。クリニックの建物はきれいだったのだが、そのような格好の医師が経営していたためか、医学生を終える頃にはそのクリニックは閉院してしまっていたことを覚えている。そんなわけで、「馬子にも衣裳」というわけではないが、垢抜けない私でも、アイロンをかけたカッターシャツにきっちりネクタイを締めて、汚れの少ない白衣を着れば、ちょっとでもいい印象になるのではないか、と思って冬の間はネクタイを締めて過ごしている。
ただし、現在の勤務先ではネクタイを締めて仕事をしている医師は私だけである。しかし、「だらしない」感を漂わせている医師は一人もいない。やはりそこが大事なのだろう。
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