第238話 法的にはグレーかもしれないが、現実的な対応。

北海道の障碍者施設で、結婚、同居を希望する入所者に避妊処置を行なっていた、というニュースがあった。道や地元の役場から職員を派遣し、調査を進めているとのことである。時事通信社の報道では、比較的否定的な印象の報道であった。


官房長官からは「本人の意に反して、不妊手術や受胎調節などを条件とすることがあれば不適切である」とのコメントがでている。


施設の理事長は、「不妊処置の強要は一切ない」とのこと。結婚、同居を入居者から希望された場合は、本人たち、保護者たちを交えて面談するとのこと。もちろん、子供のことについても議論がもたれ、「子供を欲しい」との希望がある場合には、「子育てのサービスは当施設では提供できない」、「生まれてきた子供は、施設としてケアの対象ではない」ことを伝えている、とのことだった。


ネットニュースでいろいろな意見が飛び交っている。一番きれいごとだなぁ、という意見は某大学准教授のこの意見であった。


<引用>

社会福祉法人が障害者の結婚後の福祉サービス提供に関し、当事者の不妊処置を条件としているとすれば、障害者差別解消法や障害者総合支援法に違反•抵触すると同時に、重大な障害者差別•人権侵害だと言えます。 優生保護法の時代や1970年代頃までの福祉サービスであればともかく、現代においてこのような対応をとっている社会福祉施設が存在するとは、信じがたいことです。この運営法人は優生思想を重んじているということなのでしょうか。関係行政機関の適切な対応を望みます。 この施設長のコメントからは、産まれる子どもの養育を懸念しているようですが、親に養育能力が乏しい場合、社会的養護の各種施策で一定の水準の養育が可能なことを知らないとも思えません。 こうした前時代的な考え方の施設•事業者がある限り、社会福祉サービスに対する国民の信頼を高めることはできません。社会福祉関係者のひとりとして、本当に心が痛みます。


<引用終わり>


現在、養育施設で養育された子供たちが、施設での援助が18歳で途切れること、保証人がいなくなることから様々な不利益を被っていることが問題になっていることは、この意見を述べた方も知らないわけではあるまい。そのような問題が存在しているのを承知のうえで、「自分たちで子供を養育できる能力のない」人たちが子供を持つこと、その子供が半ば「自動的」にその流れに乗らざるを得ないこと、これを「是」としているのだろうか?


閑話休題。私たちが日々、医療を行ない、特に私のような「老年期」「終末期」にかかわるものは、自由意志を提示しつつ、どこかで患者さんやご家族への「誘導」をしていることは否めない。非常によく直面することは、「経口摂取」ができなくなった方へ、今後どのように栄養を考えていくか、ということである。積極的に「生きていくのに十分な」栄養を供給する手立てとしては、①経鼻胃管を用いた経管栄養、②中心静脈ポートやPICCカテーテルを使った高栄養点滴、③胃瘻造設を行ない、胃瘻を用いた経管栄養、を挙げ、そして4番目の選択として「何もしない」ということを挙げている。選択肢は4つだが、これをただ単にそれぞれの利点、欠点を説明して、「じゃあ、どれを選択しますか」と提示されても、提示されたご家族は困惑するだけである。もちろん、事前に「人生会議」を済ませているご家族もおられ、即決される場合ももちろんあるが、やはりある程度の誘導を必要とする場合が多い(状況を考え、これが良い選択ではないか、と提示することも「専門家」の仕事だと考えている)。


施設の理事長も、本人たち、保護者たちと話し合いの場をもって方針を決めている、ということであったが、そこに「誘導」がなかったか、といえばそういうわけではないと思う。「当施設では生まれてきた子供は、ケアの対象としていない」ということは、暗に「当施設では子供を持つことはできないよ」と伝えているわけである。さらに深読みすれば、「子供を持つつもりなら、当施設では対応できないので、退所となる」ということを暗示しているわけでもある。


しかし、この施設で過ごしているのは、スタッフのサポートが無ければ生活ができないレベルの障碍を持つ人たちである。子供を産む、という前に、「妊婦」となった時点で、必要とするサポートはうんと増えるわけであり、施設としてスムーズな運営ができなくなるわけである。障碍を持つ人を抱えて生活するのは大変である。自宅で保護者が看ていくことができなくなった、あるいは極めて困難になった人が入所するわけであり、おそらく「妊婦」となった障碍者のサポートまでは「できない」というのが本当のところだと思う。また、「できないケア」を無理やり引き受けることも適切ではない、と思う。


「生まれてきた子供をどうするんだ」という施設理事長の言葉は重いと思う。現場を知り、現場で苦闘している人だから出てくる言葉だと思う。


入所者のインタビューもあったが、「不妊処置を強制されたことはない」とのことだった。


不妊処置に対して、選択肢の提示はある種の誘導であったかもしれないし、ただ、その選択肢は現実に即した選択肢であっただろうと思う。


現場はきれいごとだけでは回らない。ニュースで報道された、施設理事長の言葉は重いと思う。法的にはグレーかもしれないが、現実的な形に落ち着いていると個人的には思う。何より、結婚や同居を禁止していない、という点で、きわめて良心的な施設だと思うのだが。いかがなものだろうか?

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