第234話 NPH?PNH?PHN?

長い病名がついている場合には、略語で表すことが多い。例えば、めまいの原因として頻度の高い「良性発作性頭位変換性めまい」、良性というのは「命を取る病気ではない」という意味、発作性というのは症状が持続するわけではなく、起きたり落ち着いたりを繰り返す、という事、頭位変換性というのは言葉のとおり、頭の位置が変わること、という事で頭の位置を動かすたびに発作的に起きる命を取らない(回転性)めまい、という、まさしく状態そのままを表している病名である。原因は三半規管にある「耳石」というものが正しい位置から外れてしまう事で起きる、と言われている。それはさておき、カルテに何度も「良性発作性頭位変換性めまい」と書くのも大変なので、この英語名”Benign Paroxysmal Positional Vertigo”の頭文字をとって“BPPV”と書いてしまうことが圧倒的に多い。医者同士でもBPPVでほとんどの場合通じるので、略してしまうことが多い。よく似た名前で、原因の異なる「悪性持続性頭位変換性めまい」(小脳のトラブルが原因)は頭文字をとって“MPPV”と略している。


膠原病の分野の病気で「予後良好、血清学的陰性である浮腫を伴う対称性滑膜関節炎」という病気がある。病名がそのまま病態を表しているのであるが、これは英語で“Remitting Seronegative Symmetrical Synovitis with Pitting Edema”という病名になるのだが、この頭文字を取るとRSSSPEとなる。Sが3つも並んでいる、という事でRS3PEと呼ばれている。


そんなわけで、略語を使うと便利なのだが、時に混乱することがある。


表題のNPH、PNH、PHN、それぞれ全く別の病気の略語である。今日は他院からの紹介状で少し苦労をした。患者さんの既往歴の欄に、PHNと記載があった。NPHとPNHはよく聞く略語なのだが、PHNが浮かんでこなかった。


NPHは正常圧水頭症と言って、脳と脊髄のクッションとなっている脳脊髄液が脳を圧迫して脳が萎縮しているのに、腰椎穿刺という手技で脳脊髄圧を測定すると正常値、という病気である。くも膜下出血の後遺症でよくみられるが、これといった原因がなく起こることもある。脳室ドレナージ、という手術が治療として行われる。


同じようで異なるPNHは「発作性夜間血色素尿症」あるいは「発作性夜間ヘモグロビン尿症」という病気である。細胞と、外界を分ける細胞膜は単純に膜があるだけではなく、膜の上、あるいは膜を貫通して様々な物質が細胞の外に顔を出している。その中の一つで、「GPIアンカー」という構造で膜にくっついている様々な物質があるのだが、その一つに原始的な免疫システム「補体系」にブレーキをかけるたんぱく質がある。原始的な免疫システム、と書いたが、この「補体系」という免疫システム、働くと細胞膜に穴をあけてしまい細胞を壊してしまう働きがある。原始的、というのは、それが自分の細胞膜であっても、細菌など異物の細胞膜でも関係なく穴をあけてしまう。なので、人間の細胞にはGPIアンカーに繋がれた、いわゆる「補体にブレーキをかけるたんぱく質」を細胞表面に持っており、補体で自分の細胞がダメージを受けるのにブレーキをかけている。

PNHの方は、GPIアンカーにかかわる遺伝子の異常で、GPIアンカーがうまく作れない。なので、補体のブレーキたんぱく質を細胞膜上に置いておくことができない状態である。なので、ちょっとしたことをきっかけに、補体が赤血球を攻撃して赤血球に穴をあけ(溶血、という)、赤血球の中に閉じ込められていたヘモグロビンが尿に出てくる病気である。確か睡眠中は若干血中の酸素濃度が低下するのが理由だ、と言われているようだが、夜に発作が起きることが多く、そういうわけで「発作性夜間血色素(=ヘモグロビン)尿症」という名前である。


この二つは覚えていたのだが、PHNがわからない。かといって、NPHもPNHも、クリニックで経過を追うような疾患ではない。最近はGoogle先生が大概のことを教えてくれるので、“PHN”を調べてみた。「帯状疱疹後神経痛:Post-Herpetic Neuralgia」とすぐに検索された。


何だ、それならクリニックでfollowされていても合点がいく。それにしても、正式名称を書けば、全く間違えることのない3つの疾患、略語にするとそっくりである。間違えないように注意しなければならないなぁ(笑)。

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