第220話 なぜ人の言う事を聞かない!?

結構前の金曜日の外来、一人の当院かかりつけ患者さんが紹介状を持って私の外来にやってきた。かかりつけなのになぜ紹介状?と思いながら、紹介状を読む。紹介状を見ると、うちの病院ではなく、うちの近くにある急性期総合病院(以下、A総合病院)の名前が書いてあった。紹介元は、うちの病院から車で20分ほどかかる、山の手の急性期総合病院(以下、B病院)。患者さんは、宛先と違う病院に来院されているし、いったいどういう事だろう??と思いながら紹介状を確認する。


患者さんは70代後半の女性。認知症があり、当院の物忘れ外来に認知症で、当院内科外来に高血圧で、そしてA病院の整形外科に(疾患は不明だが)定期通院されている。認知症のため、訪問看護師さんが介入しておられる。内科受診は特定の主治医を決めずに受診されており、たまたま、前回の内科定期受診の時に私の外来に来られていた。


紹介状を確認すると、「尿路感染症、貴院(A病院)での精査加療をお願いします」とのことだった。紹介元の診療科は「救急外来」となっていた。救急外来(ER)は、初期研修医、後期研修医、あるいはベテランの医師にとっても学びの多い場所である。紹介状の印象からはおそらく研修医が診察したのだろう。紹介状と添付された血液検査、尿検査、各種画像の読影所見を確認するが、「尿路感染症」と診断するには、全く所見が合わない。検尿ではごく軽度の膿尿(5-9/H)しか認めず、頭部単純CT、胸部単純CT、腹部造影CTまで撮影しているが、尿路閉塞があるわけではない。急性巣状細菌性腎炎の所見もない。肺炎像もなく、急性胆管炎の所見もない。経胸壁心エコーを受けているが、弁膜症もなく、右心負荷所見(肺塞栓などで見られる所見)もない。にもかかわらず、CRP、PCT(プロカルシトニン、近年、敗血症のマーカーとしてよく使われている)は著明に高値で、D-ダイマー(一度できた血栓が、線溶系で分解されるときに出てくる物質。凝固系/線溶系の異常で上昇することが多い)も30近くあり、明らかに変なデータである(下肢血管エコーもされており、深部静脈血栓もなかった)。CBC(全血球算定:白血球、赤血球、血小板の数を数える検査)も、白血球は3000位とやや少なめであり、「尿路感染症」と呼ばれる、腎臓~尿管~膀胱~尿道(特に腎臓)に細菌が感染し高熱が出る、という状態とは合わない。


「何だろう?いろいろと訳が分からないなぁ?」と頭の中にクエスチョンマークをたくさん浮かべながら、患者さんとご家族を呼びこむ。患者さんはお元気そうに診察室に歩いて入ってきており、重症感はない。これも変な感じである。とにかく、経過を患者さん、ご家族の方に聞かなければ、と思い、病歴を確認することにした。


4日前に当院の物忘れ外来に受診した時は全く普通の元気な状態だった、とのこと。2日前から38度台の発熱が出たが、他に症状もなく、特段しんどかったわけでもないので自宅で手持ちの解熱剤を飲んで様子を見ていた。昨日、訪問看護師さんの訪問日で、バイタルサインを測定すると、(厳密に言えば「バイタルサイン」には含まれないが)SpO2 91%(RA)と、普段とは明らかに異なる低酸素血症があったため、救急車で大きな病院に受診することを訪問看護師さんから指示され、救急車で自宅から離れたB病院に搬送された。たくさん検査され、「腎臓にばい菌が入っている」と言われ、抗生剤を処方され、A病院を受診するように言われた、とのことだった。


頻度の多い尿路感染症だが、高齢者で確実に「尿路感染症」と診断をつけるのは極めて難しい。身体所見として、肋骨脊柱角の叩打痛や、画像所見で、腎周囲の脂肪濃度上昇や造影CTでの急性巣状細菌性腎炎などがあれば「尿路感染症」はほぼ確定だが、そういった所見がない場合、膿尿の存在だけでは熱源が尿路感染症と断定できない。


年配の、特に女性では「無症候性膿尿」と言って、熱や頻尿など、膀胱炎や尿路感染症を示唆する所見が全くない、いわゆる外観上は全く元気な方で、検尿をすると、沈査で白血球 50-99/H 細菌(2+)という、ひどい膿尿を呈していることは珍しくもなんともない。どちらかと言えば、高齢者の尿はこれでも「普通」なのである。なので、別に発熱の原因があっても、もともとの無症候性膿尿で「尿路感染症」と誤診することは多いのである。


尿路感染症であれ何であれ、抗生剤で治療を行ない、多くはそれが適切な治療であるので、誤診と気づかないまま患者さんは良くなっていくことがほとんどである。そんなわけで、私は「尿路感染症」の紹介が来た場合には、膿尿以外に尿路感染症を示唆する所見と、見逃している熱源について気合を入れて探している。


紹介状はA病院宛てなのに、なぜうちの病院に来たのだろうか?聞いてみると、「訪問看護師さんが、うちの病院の方が近くて、通院が楽だろう」とアドバイスしてくれたので来た、とのことだった。


「なぜ医師の言う事を聞かない」と思った。紹介状の文面を読む限り、B病院のERの医師は、「尿路感染症」と診断名をつけてはいるが、私と同じようにいくつもスッキリしないことがあって、わざわざ当院ではなく、B病院同様に設備の整ったA病院に紹介状を書いたわけである。もちろん訪問看護師さんは、この紹介状の内容を読んだわけではないのでそういったことはわからなかったのだろう。しかし、基本的なかかりつけ医が当院であるにもかかわらず、わざわざER医師がA病院を紹介したことを「変だ」と感じてほしいものである。訪問看護師さんは「通院の手間」などを考え「良かれ」と思って当院への受診を勧めたのだろう。しかし、少なくとも紹介状を見る限りでは、「尿路感染症」ではないこと、PCTが高値ではあるが、おそらく細菌感染症でもないこと、ただ、元気な見た目とは異なり、命にかかわるような重大なことが起きていることは分かった。


私の師匠の教えの中で大切だと思っているものの一つに、「わからないのに、無理に病名をつけてはいけない。病名が独り歩きして、後々困ったことになる。わからなければ、病態名で入院をあげなさい」というものがある。今回の患者さんはまさしく、師匠の教えのとおりである。「わからない」なら「わからないけどおかしい」でよいと思う。忙しい外来、「尿路感染症」という病名がついていれば、「では抗生剤治療の継続を」となることが普通だからである。PCT高値についても「敗血症だ」と単純につなげてしまえばそのように見えてしまう。そういう点でも師匠の「わからない時には無理に病名をつけるな!」という言葉は名言だと思っている。そのような教えを受けていた「私の外来」にたまたま来てくださったのは、患者さんにとってはラッキーだったに違いない(自画自賛?)。


さて、大きな経過も分かったし、なぜ当院に受診したのかもわかった。患者さんは重篤感はないが、とんでもないことが起こっているのは確かである。慎重に身体診察を行なう。予診室で看護師さんがバイタルサインを測定してくれていた。BT 38.1度、BP 128/86,心拍数は記載なし(聴診では頻拍な印象はなかった)。SpO2は測定していなかったが明らかなcyanosisは見られず。外観は重篤感なし。ただ、受診当日は2回ほど嘔吐されていたとのこと。注意して診察したが、身体診察では明らかな異常を認めなかった。


画像評価は前日B病院で目一杯してくれていたので、画像評価は不要と考えた。なので、前日との変化を確認するため、項目は少ないが、院内での緊急採血を行なった。


血液検査の結果を確認すると、WBC 3700,Hb 11.1,Ht 33.2,Plt 10.0万と白血球減少と血小板減少が気になった。炎症反応の指標となるCRPは5.69と前日より改善しているが、LDHが前日の290(やや高め)から501へと急上昇していた。


結果を見て、私は「あっ!」と思った。やはり痛い目を見ると身体に叩き込まれるようである。赤血球の減少は目立たないが、赤血球の寿命は120日もあるので末梢血に出ていった赤血球は「溶血」という赤血球が急速に破壊される状態か、大量の出血がなければガクンとは減らない。一方で血小板も白血球も寿命が短いので、血液を作っている骨髄にトラブルがあれば短期間で変化する。「熱源のはっきりしない発熱」、「訳の分からないDダイマー高値」、「急激に上昇するLDH」(LDH:乳酸脱水素酵素、すべての細胞に含まれている酵素であり、LDHの上昇は身体のどこかで細胞が急速に破壊されていることを示す)、がそろった病態、として私の頭に浮かんだ第一の鑑別診断は「血球貪食症候群」であった。


身体の中では様々な物質(「サイトカイン」と呼ぶ。いわゆる「ホルモン」も「サイトカイン」の中に含まれる)を介して様々な細胞同士が信号をやり取りしていて、それで、身体を構成する6兆個の細胞が統一した状態を保って、人間は生きている。ところが、何らかの疾患で「サイトカイン」の分泌がでたらめになることがある(「サイトカインストーム」と呼ぶ)。


「血球貪食症候群」も、サイトカインストームで発症する疾患の一つであり、本来血液細胞を作る骨髄の中で、血球細胞成熟のための役割を果たしているマクロファージという細胞がサイトカインストームで暴走し、未熟な血球細胞を食べてしまう(貪食)疾患である。骨髄細胞での血球貪食像が特徴的な疾患であるが、本質はサイトカインストームであり、速やかにサイトカインストームを抑えなければ、命にかかわる疾患である。


採血結果を確認し、患者さんとご家族に結果を説明。「今回の発熱は、身体の中にばい菌が入って出ているわけではなく、身体の中の細胞同士が信号として使っている「サイトカイン」と呼ばれる様々な物質の分泌が暴走して起きる「血球貪食症候群」という病気です。命にもかかわる病気で、専門となる診療科は「血液内科」という、血液の病気を専門とする内科です。昨日受診してもらったB病院は、「血液内科」がすごくしっかりしている病院なので、今から紹介状をご用意するので、ぜひもう一度B病院に受診してください」と伝えた。


するとご本人から、「B病院は山奥にあるので、もうあそこには行きたくありません。A病院がいいです」とのこと。


「なぜ、こちらの言う事を聞かない?」。患者さんの言葉を聞いて、めまいを覚えた。言葉にはしなかったが、「あなた、このままだと死んでしまうよ」とダイレクトに言いたかった。


「この病気は速やかに対応しないと命にかかわる病気です。十分に対応できる力を持つ病院はこの市ではB病院が一番良いと思います。今日は金曜日なので、今から対応すれば十分に間に合います」と5回くらいお話ししたが、患者さんはどうしても「山奥の病院は嫌だ」と納得しない。非常に困ったが、本人が「行かない」と言えば、首に縄をつけて連れていくわけにもいかない。こちらは、命にかかわる疾患であること、現時点で適切に治療を行なえる実力を持つ病院はB病院であること。週末の金曜日であり、治療を開始するタイミングを考えれば、このまま速やかにB病院を受診すべきであることを繰り返しお話したのである。ご家族の方もお話を聞いていたわけである。それでもご本人は「B病院は山奥で嫌だ」と言い、ご家族もご本人の希望を優先する、という選択をしたわけである。私のすべきことは全力で行なった。


「それほどB病院が嫌なのですね」

「はい。いつもかかっているA病院がいいです」


とのこと。A病院にも血液内科は開設しているが、非常勤医が担当しているようで、次の受診は4日後の火曜日になる。まぁ、それはしょうがない。ご本人の希望に沿って、A病院の血液内科に「血球貪食症候群の疑い」として、かなり詳しく記載した紹介状と、B病院からの紹介状、検査結果を同封し、A病院の血液内科外来の受診予約を取ってもらった。こちらとしてはA病院に受診するまでの日数、LVFXを追加するくらいしかできなかった。


翌日の外来にご家族の方が、物忘れ外来の薬を処方してほしい、とのことで来院され、ご様子をうかがったが、元気そうで、食事も食べている、熱は続いている、とのことだった。


翌週の火曜日の夕方、A病院から、「患者さんが来院されました」のFaxが病診連携室に届いた。私のところに連絡があり、連絡のFaxを確認した。患者さんは「敗血症」の病名で、総合内科に入院、となっていた。


「なぜ、人の話を聞かない!」と非常に腹が立った。こちらは紹介状に、「B病院の検査結果からは、細菌感染症の可能性が低いこと、一日置いただけで急激なLDHの上昇があり、血液データ異常と画像所見、本人の全身状態との乖離、前日のB病院の血液データと当院での血液検査データの変化を一元的に説明できる疾患として、「血球貪食症候群」が最も可能性が高い」と結構な文章量で紹介状を作成した。おそらく向こうではPCT値に注目して「敗血症」としたのだろうが、PCTの上昇にもサイトカインが関わっているわけである。サイトカインストームとなっていれば、細菌感染症でなくともPCT値が異常値を示すのは不自然ではない。PCTは細菌感染症、敗血症のバイオマーカーとしては非常に優秀ではあるが、やはりこれも100%ではない。ただ、B病院ERでの紹介状、検査データ、こちらからの紹介状、検査データを踏まえ、そのうえでA病院で診察、評価の上で「敗血症」と診断したのであれば、それは私の口出しすることではない。患者さんがお元気になることをただ祈るのみである。


そして、その週の土曜日、在宅診療・訪問看護部から、「昨日患者さんがB病院で亡くなられた」と聞いた。「えっ?『A病院』じゃないんですか?」と聞きなおしたが、やはり「B病院」で亡くなられた、とのことだった。一週間前にはお元気そうだった人が、次の週に亡くなられた、と聞くとやはり衝撃である。しかも、紹介した「A病院」ではなく、あれだけ受診を嫌がった「B病院」で亡くなられたとのこと、ショックだし、訳も分からない。私はめったにしないことだが、今回の経過がものすごく気になり、A病院には「貴院にご紹介した患者さまがB病院で亡くなられた、と伺いました。後学のために、貴院での臨床経過についてご教授ください」と紹介状を作成。B病院には「当院に定期通院中の患者さまが貴院で亡くなられたと伺いました。貴院での臨床経過、病名などご教授ください」と紹介状を作成した。


A病院からは3行の返信「敗血症の診断でバンコマイシン、メロペネムで加療を行ないましたが、急速に全身状態が悪化したため、B病院に転送しました」とだけ送られてきた(何じゃそりゃ?)。血液検査結果も何もつけてこなかった。


B病院はA病院での経過からまとめて返信を送ってくださった。やはり診断名は「血球貪食症候群疑い」とのことだった。A病院で抗生剤治療を行なっていたが全身状態は改善せず、血液検査でフェリチン(体内の貯蔵鉄の指標)が著高していたとのこと。金曜日午前に「ショックバイタル」とのことでB病院に紹介、転院となった。ステロイドパルスなど治療を行なったが、全身状態改善せず、同日永眠されたとのこと。骨髄穿刺では明らかな血球貪食像は見られず、一週間前のER受診時に施行した各種培養検査では、血液培養陰性、尿培養は感受性良好の大腸菌が同定された、とのことだった。A病院での採血データも、B病院の先生はつけてくださっており、A病院受診当日の血清フェリチン値は7000(一応、基準値は280以下)、転院当日は13500と著明に高値だった。経過とともにCBCもどんどんおかしくなっていき、LDHも著増していた。


返信を見て、「ほら、やっぱり…」というのが正直な私の感想だった。内科の世界の格言の一つに「蹄の音を聞いたら、『シマウマが走ってきた』と考えるのではなく『ウマが走ってきた』と考えよ」というものがある。端的に言えば、とある症状を見たときに、頻度の高い疾患からまず考えよ、という意味である。まれな疾患を見つけるのにシャカリキになっている状態を「シマウマ探し」と読んだりすることもあるほど有名な格言である。


「血球貪食症候群」は確かに「ウマ」ではなく「シマウマ」寄りの疾患であるのは確かだ。「鑑別診断に上がらなかった疾患は診断できない」という格言もあり、これは、「頭の中に思い浮かばなかった病気は診断できないよ」という意味である。最初に見たERの医師が「血球貪食症候群」を想起できなかったのは責められないと思う。


私自身も初めて「血球貪食症候群」を経験した時は本当に訳が分からなかった。数日前の深夜のERに発熱を主訴に来院され、私が診察。採血をして、ほんのちょっとLDHが高めくらいの、元気そうだった発熱患者さんが、4日後に再度私の外来に来院し、採血した時にはとんでもない検査結果になっていて、パニックになった。師匠に意見を求めても、師匠も想起される疾患が出てこなかったようで、僕一人が「この患者さん、訳が分からんけど、このままやと死んでしまう」と途方に暮れたことを今でも覚えている。


この患者さんを助けたのは、私が医学生時代に参加した勉強会で取り上げられた疾患がたまたま「血球貪食症候群」で、「フェリチンがバカみたいに上昇するのは、鉄過剰以外なら「血球貪食症候群」か「Still病」のどちらかだ」という知識と、検査技師さんが気を使って追加してくれたフェリチンの検査結果で、私に「先生、患者さん、フェリチン値、2000以上で振り切れています」と検査技師さんがかけてくださった電話だった。


今回、私より後に診察した医師は、「血球貪食症候群疑い」とわざわざ紹介状を作成しているので、「血球貪食症候群」に対して、真剣に評価しなければならなかったはずである。


ちなみにUp To Dateという、教科書と最新の原著論文の中間、くらいの医療情報ソースで血球貪食症候群を検索すると、臨床像が一致し、フェリチン値が3000を超えていれば、「臨床的血球貪食症候群」として治療を開始するべし、と記載されている。A病院でのフェリチン値は7000を超えており、その時点で治療の方向性を切り替えなければならなかったはずである。こちらが可能性を強く示唆している病名については、きっちり評価すべきだろう。評価していれば、命を落とさずに済んだのではないか、と思えてならない。


今も、悔しいなぁ、と思う患者さんであり、症例である。

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