第216話 理屈じゃないものね(「ハチミツとクローバー」)

名作との名高い羽海野 チカ氏の漫画、「ハチミツとクローバー」を読んだ。読んだ、と言っても、そこまで気合を入れて読んでいたわけでもなく、妻や子供が図書館から借りてきたものを読んでいただけで、しかも巻を行ったり来たりしていたので、ストーリーとしてばっちり把握はできていないのはご了承願いたい。


美術大学を舞台に複数の人が織りなす恋心の数々。心通じ合った人を失ったり、届かぬ思いに焦がれてみたり、ストーリーではなく、個々のエピソードに心打たれた、というのが感想である。


男性は、権力(地位)、お金、女性の3つのうちどれかに弱点を持っている、という話を聞いたことがある。それは多分正しいと思う。


地位や権力は、責任を伴うので、自分のことで精一杯の自分としてはぜひ避けたいところである。職歴も20年近くになり、それなりの専門医資格を持っていると転職の時などに、「職責はどうしましょうか?」と聞かれることがある。同期の友人たちは、教授になったり、大病院の部長職についたりしているが、私は「いや、もう平の医員で十分です」と断っている。


地位や権力にはお金がついてくることが多いが、これも、家族みんなにご飯を食べさせるだけの収入があれば、それで十分である。前の勤務先を退職したのは確かにお金の問題ではあったのだが、それは「この給料ではこれまでの生活を維持できません」という金額を提示されたからである。「懲罰」という意味で減給となったわけではないので、せめて段階的に減給し、生活が維持できる手取りの給料を維持できれば、これまで40年近く、患者さんとして、そして職員として、自分の医療従事者の原点として働いていた場所であり、動くつもりはなかったのだが、急に手取りを減らされたので、前年の収入から算出される社会保険料、住民税を引かれると、「労働基準法を超える時間、診療業務を行なってこの金額か。初期研修医時代の方が手取りが多かったよ」という給料になってしまい、やむなく「転職」したわけである。現実問題として、私のお小遣いは、初期研修医1年目から金額は変わっていない。デフレの時代なので実質は上がっているのかもしれないが、額面でいうと、本当に初期研修医時代から変わらず、である(学生結婚をしたので、私が働きだした当初から妻に家計を預けている)。妻からは「必要があれば、使い道について計画書を出してくれたら、お小遣い上げるよ」と言われているが、それも面倒であり、20年来そのままである。ただ、お酒を飲むでなく、タバコを吸うでなく、車にいろいろお金をかけるわけでもないので、今の金額でも問題はないのだが。


「女性」については私は弱点だ、と思っている。子供のころからドンくさくてブサ面。あまりぱっとしない人間だったので、「モテない系」の人生だった。そこは自分の中で大きなトラウマとなっていて、同僚の看護師さん(女性)に、「高校時代、後輩から『ボタンをください』と言われたことがあるよ」などと言われて、心から「いいなぁ、うらやましいなぁ」と思うほどである。中学、高校とクラブは頑張っていたが、卒業式に第二ボタンをねだられたことなんてない。周りで友人たちが、第二ボタンをねだられているのを見て、ひがんでいた。ただただうらやましかった。でもしょうがない。


ありがたいことに、妻が結婚してくれたが、私が結婚を決意した気持ちの中には、「この人以外に、私のことを『好き』と言ってくれる人は出ないだろう。そんな奇特な人を絶対に逃すわけにはいかない」という思いもあったことは否定できない。


閑話休題。そんなわけで、五十路のいいおっさんになってしまった今でも、「ハチクロ」のようなピュアな恋愛感情に触れると胸が「キューっ」と締め付けられてしまう(多分狭心症でも、逆流性食道炎でもないと思う)。


そんなわけで、若いころ抱えていた、たくさんの届かなかった想いが思い出されて、胸が「キューっ」となった。「誰かを好きになる」って、理屈とかじゃない。突然「ドカーン!」と恋の雷が落ちてきたり、気づかずに心の中で育っていた恋心に「ふとした拍子」に気づいてしまったり、こちらの都合とかに関係なくやってくるから困りものである。若かりし頃に成就しなかったいくつかの恋心(人生の中で「命をかけるほど好きになる人」ってそんなにたくさんは出会わないと私は思っている)を思い出し、今でも切ない読後感に浸っているおっさんである。

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