第131話 もう無理だよ…。

この冬、厚生労働省はインフルエンザの流行を懸念している。COVID-19の流行と、インフルエンザの流行が重なってしまえば、とんでもない数の発熱患者さんが発生することになるわけだが、問題なのは、熱を出す病気はCOVID-19とインフルエンザだけではない、という事である。「インフルエンザでもCOVID-19でもない発熱」の中には当然、速やかに対応しなければ命を落とす危険性のある病気が隠れていることがある(よろしければ、拙著「保谷君、町のお医者さんとしてがんばる」第45話をご参照ください)。


そういう点で、今回厚生労働省が提案している、低リスク患者のオンライン診療システムは大変危険なものだと思っている。何より、システムそのものが「COVID-19」でなければ「インフルエンザ」と決め打ちしているのは極めて危険だと思われる。たくさんのインフルエンザの患者さんに紛れた細菌性髄膜炎、よほどアンテナを張っていないとスルーしてしまう(厚生労働省の提案したシステムに乗ってしまえば、よほどオンライン診療の医師が慎重でなければインフルエンザに流れてしまう)。もちろん、細菌性肺炎の見逃しも多いだろうが、細菌性髄膜炎に比べれば、まだ少し時間の余裕がある(よくならなければ2日後に受診、と指示を出しても何とかなる症例が多い)。


もともと、オンライン診療は、へき地離島など、医療機関にアクセスが難しい方の、病状の安定した疾患に対して行うべきものであって、急性期疾患にオンライン診療をすることそのものが誤りである、と私はずっと思っている。


システムが悪い、と揚げ足を取るのは簡単だが、ではどうすればよいか、と問われると苦しいところである。

当院は「一応」発熱外来を開いているが、病院の構造の問題、人的な問題などで、一日に6名~7名程度が対応の限界である。流行期にこの数では発熱外来を開いていないに等しい。多くの急性期病院や、一部の積極的にCOVID-19発熱外来を開いているクリニックは、入り口横のスペースにコンテナを置いて検体(PCRにせよ、抗原検査にせよ)を採取し、結果が出るまでは車などで待機、という事をしているようであるが、当院は古くからの集落にご厚意で土地を分けてもらい作った病院なので、病院にアクセスする道路は細く、病院の玄関前も狭く、駐車場は5,6台しか止められない(対応できる緊急検査なども含め、色々な意味で診療所レベルだと思っている)。仮にコンテナを玄関に置けたとして、そこで検体の採取、検査が行えたとしても、検査を受けた患者さんの待機場所がないのである。もちろん院内にも待機場所を作るスペースはない。


空間的隔離が難しければ、時間的隔離を、と考えても、午前の診察は12時まで受け付けているが、終了が13時を過ぎることは珍しくなく、午後はワクチン外来や各種専門外来が行われており、「時間的隔離」も難しい。夜、と考えても、夜に働ける人がいない。スタッフの多くが、「急性期病院のような激しい働き方はできない」という事でこちらで働いている方が多く、夜に発熱外来を持ってくるわけにもいかない。


昨日も医局会で、「どうしよう」という話が出たが、現実な解決策は思いつかなかった。


本気で対応することを考えるなら、待合室での感染を許容し、COVID-19流行以前のように発熱者と非発熱者・定期受診者を同じ待合室で待たせて、順番通りに対応していく、という事でなければ、あふれる患者さんを診察しきれないと思う。


今の日本の医療界を見たとき、これ以上発熱外来を増やすのは無理、厚生労働省の示した案は見逃しのリスクが極めて高いため、容認できないと思われる。個人的意見だが、厚生労働省の示した案で、若い人たちが適切なタイミングで医療を受けられなかったために受ける損失は、待合室でCOVID-19に感染し、COVID-19が重症化し、そこに医療資源を割く損失より大きいように思われる。今COVID-19をきっかけに亡くなっている高齢者のほとんどは、遅かれ早かれ、そう遠くない時期にいわゆる「老衰」でなくなっていたであろう方だと思っている。

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