2022年 9月

第86話 弾薬なしで最前線に放り込まれた気分

一時期に比べれば新規患者数は減ってきているものの、やはりCOVID-19第七波は続いている。毎日の発熱外来で陽性になった患者さんも、陰性になった患者さんも基本的には頭痛、鼻汁、咳嗽、発熱などで受診されているので、処方薬は鼻汁に対しては抗ヒスタミン薬、咳嗽は鎮咳薬や去痰剤、頭痛や発熱に対しては鎮痛解熱剤を処方している。なので、ある程度処方する薬が決まってくる。


そうすると、特定の薬が足りなくなってくる。解熱鎮痛剤のカロナール(アセトアミノフェン)不足は報道でも取り上げられていたが、この数日、他の薬も足りなくなってきた。


COVID-19陽性の患者さんで、高齢の方でなければ抗ウイルス薬は処方はしない。抗ウイルス薬は国で管理しており、各薬局でもストックできる個数が決まっているので、すぐに手には入らないものの、数日で薬は入手できる。むしろ、対症療法薬が足りなくなってきた。


先日、いつものようにCOVID-19陽性の患者さんに、いつも処方する薬の処方箋を書いたのだが、20分ほどして薬局から連絡があった。「咳止めの○○はもう薬がありません」と。「では、漢方薬の××で」と薬局に伝えると、「先生、××ももうほとんどありません」とのこと。よく効く咳止めだが、麻薬の成分が入っているので便秘やおなかの張りなどが副作用として出やすい△△は多少あるが、これもそれほど残っているわけではない、とのことだった。いずれの薬も入荷予定は未定、とのことだった。


以前にも書いたかもしれないが、2年ほど前、ジェネリック医薬品メーカーの小林化工が、抗真菌薬に睡眠薬が混入した事件以降、厚生労働省がそれぞれの製薬会社を厳しく監査しているのだろうか、様々な薬が入手困難となるようになった。今回も、高い薬ではないがよく使われている鎮咳薬が手に入らなくなっている。COVID-19で咳がひどい人も多いのに、鎮咳薬がないのは本当に困る。もちろん前述のカロナールの品不足は続いていて、患者さんの症状を楽にさせるための薬がどんどん処方できなくなっている。


本日の医局会では、在宅のCOVID-19患者さん(おそらく療養期間後に使うのか?)での使用量が増えたため、抗生剤のセフトリアキソン(以下CTRX)も供給不足となっているとのことだった。


CTRXは非常に優秀な抗生物質である。薬は肝臓で代謝され、多くのものは腎臓から尿に排泄されるため、腎臓の悪い方では、使用量を調節したり、投与間隔を調整する必要があるのだが、CTRXは腎機能の影響を受けないので、腎機能の悪い方にも使いやすい。また、半減期が長いので、1日1回の投与で十分である。なので、外来や在宅医療で抗生剤を投与する必要がある場合には、CTRXなどセフェム系抗生剤にアレルギーがなければ、点滴の抗生剤はCTRX1択である。なので、CTRXの供給が無くなってしまうと、外来や在宅での抗生剤の点滴に非常に困ることになる。


そんなわけで、いわゆる町医者でよく使う薬が、次から次に使えなくなってきている。まさしく気分は、弾薬なしで前線に駆り出されている兵士である。明日も、明後日もたくさんのCOVID-19患者さんが来るのだろう。薬がないのにどうしよう、と困っている。

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