第87話 根本的に間違っていると思うのだが。

第79話でも書いたように、私は日本の科学力が低下してきていることを危惧している。天然資源のない日本では、「人」が資源とならざるを得ない。なのに、「人」を長期的な視点で育てることがうまくいっていないように見える日本を心配している。


今朝のニュースで、岸田首相が「留学生を増やすことに注力していく」との方針を打ち出した、と流れていた。79話の続きとなって心苦しいのだが、政府の方針は力と資金を注ぐところが大きく間違っている、というのが私の意見である。


留学生への資金援助、などと言っているが、最近の報道でも言われているように、日本は今では「安い国」なのである。確かに日本に来た留学生が、アルバイトなどで自分の学費や生活費を稼ぐのは大変であるが、それは日本人の大学生も同様である。むしろ、留学生にとっては、かつての日本よりもうんと資金負担は軽くなっているはずである。


留学生は、金銭的な補助がある国にやってくるわけではない。その国でなければ学べないこと、身につけられないことがあるから留学するのである。なので、いくら留学しやすい環境を作ったところで、日本の科学力が低下し、「日本でしか学べないこと」がなければ留学生は日本を選ぶことはない。日本に来る留学生よりも、アメリカへの留学生が圧倒的に多いのは、「アメリカでしか学べないこと」がたくさんあるからである。だからこそ金銭的負担がはるかに大きいアメリカを選択するのである。そこを決して間違えてはいけない。


「留学生を増やす」と言って、そこにお金を使っても、日本への留学生は増えないだろう。大学全入時代と呼ばれる、世代人口よりも大学定員の方が多い今の時代、このような事態になることは20年以上前からわかっていたことである。それにもかかわらず、新たな大学や学部学科の設置を許可してきた文部科学省の責任だと思う。そのため、定員割れを起こしている大学が多く存在しており、今回の「留学生を増やす」という施策は、そのような大学を守るための施策のように見えてしょうがない。


厳しい発言ではあるが定員を充足できない大学は淘汰されるべきである。貧困のために大学に行く機会を逃している、あるいは「奨学金」という名前の学生ローンを使わなければ大学に行けない優秀な学生のためにこそお金を使うべきである。


また、国公立大学の授業料はうんと下げるべきであると思っている。私が予備校生の頃、予備校の図書室には20年前からの「赤本」が置いてあった。ちょうど私が生まれた1970年代の赤本もあった。それを見ると、もう記憶は正確ではなく、半期だったか、通年だったかはっきりしないが、その間の学費が2万円程度だったと記載されていたことを覚えている。もちろん今とは貨幣価値が変わっていることを考慮する必要があるが、その頃は高卒の初任給が4~5万円程度だったと記憶している。それを考えると、半期だか通年だか忘れたが、今の初任給を考えると、学費は現在の貨幣価値で考えると8~10万円程度であった。早稲田や慶応の赤本では、その頃は20~30万円のお金がかかっていた。それだけ国公立と私立の大学では学費が違っていた。それと同時に、国公立大学の学費が安かったので、貧しい家庭でも国公立大学には進学できたのである。


私が中学生の頃だか、一時新聞をにぎわせたが、「国公立大学と私立大学の学費の差が大きく、このままでは私学教育がつぶれてしまう」という議論がなされ、国公立大学と私立大学の授業料格差を小さくしよう、という方向となった。その議論に国家予算の赤字と絡めて、急速に国公立大学の学費が上昇し、授業料格差は小さくなった。ということは国公立大学でもそれなりの金額を大学に払わなければ、大学に通えなくなってしまった。このことも日本の科学力を削ぎ落してしまったことにつながっていると思う。現在日本人でノーベル賞を取っている学者の多くが、1970年代~80年代の仕事で取っている、ということを真剣に考えなければならない。


国民への教育に十分にお金をかけ、日本の科学力が再度上昇したならば、「門戸を狭める」というバカなことをしなければ留学生は増えるであろう。


まずはそこから始めなければならない。科学技術力を失った日本にどうして留学生が来ようと思うのか?そこを政治家や文部科学省は真剣に考えなければならない。


別の日のニュースで、ここ数年、大学生の大学院進学率が低下している、というニュースを聴いたが、それも根っこは同じである。大学院に進学し、懸命に勉学、研究に励み、博士号を取っても、「理研の10年で雇用終了」問題などで研究者を大切にしない国で、どうして大学院に進もうと思うのか、考えればわかることである。私の世代が大学院に進学したころは、国の施策として「大学院重点化」が掲げられ、就職氷河期でもあり大学院進学は珍しいことではなかったが、結局大学院で博士号を取っても、学術の世界でポストはなく、企業は博士号を持つ人の採用に及び腰であり、結局現在の「高学歴ワーキングプア」問題を作り出したに過ぎない。


先の見えない世界であるのは百も承知のうえで、為政者にお願いしたい。目先の問題に小手先で対応するのではなく、「国家百年の計」を考え、長期的な視野で政治を行なってほしいと切に、切に願う次第である。

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