第58話 1階で雨漏り

医学生時代は、川沿いにあるアパートの一室で生活していた。アパートは古く、枕草子に例えるなら、「春はシロアリ、夏はG、秋はほとんどなく、冬は隙間風」という部屋だった。南国だったので、春と秋は短く、ほぼ夏と冬、という気候だった。


それはさておき、私の部屋は1階だったのだが、窓が少し出窓になっていて、おそらくそこから侵入するのだろう、大雨が降ると窓のあたりを中心に雨漏りのする部屋だった。

入居した当初はそんなことは知らず、出窓の部分がちょうど教科書を置くのにいい感じだったので、買いそろえた教科書を並べていたのだが、入居して1週間後だったか、少し強い雨が降った時、雨漏りが始まり、買ったばかりの教科書の一部が雨でぬれてしわしわのカチカチになってしまい、使い始める前からボロボロになってしまったことに悲しくなったことを覚えている。


入居して2週間ほどだっただろうか、未明から雨が降り出し、1時間に64mmの激しい雨が降った。早朝5時過ぎだっただろうか、おそらく消防団の軽トラックが「河川氾濫の危険があります。避難してください」と繰り返しながら赤色灯をつけ、川沿いを走っていた。外を見ると、5m先も見えないような豪雨で、濡れてもいいようにTシャツと短パンですぐそばの川を見に行くと、あと20cmも増水すれば溢れてしまうほどに増水していた(普段は、水面まで3m程度はある)。「避難」と言われても、越してきたばかりでどこに避難すればいいかもわからない。本当に恐怖を感じた。1時間に64mmで本当に恐怖を感じるほどの豪雨(本当にバケツをひっくり返したように空から「水が落ちて」来る)なので、最近ニュースで耳にする、1時間に100mmとか140mmの雨、なんて本当にとんでもない雨だと思う。そんな雨が降れば、河川が決壊するのは当たり前である。

その時は、とりあえず買ったばかりの洗濯機を屋外から家の中に入れ、大切なものは机の上や箪笥の上などにあげて、ひたすら雨が落ち着くのを待った。

今は河川改修をしたらしいが、私がいたころは、あの川は私が住んでいるところから200~300m上流のところでしばしば溢れていた。年に一度は大雨で、その地域で川が溢れ、道路や周囲の家屋が冠水している、というニュースがローカルニュースで流れていたことを覚えている。


そんなわけで、1階にも関わらず雨漏りする家だったので、雨が降り出すと、風呂場から洗面器、外からバケツを持ってきて、教科書類にはビニールシートをかけ、雨漏り対策をしていた。困るのは、朝は晴れて登校したのに、午後から天気が悪くなり、雨が強いが帰れない時だった。帰宅すると、案の定教科書はまた水にぬれ、畳やフローリングには水たまりができているので、雑巾で拭いて、畳の部屋には新聞紙を引いて畳にしみ込んだ水を少しでも回収できるように、とバタバタとしていた。


研修医の期間は、病院が借りているマンションの一室を「借り上げ社宅」として使わせてもらい、シロアリにも、雨漏りにも、隙間風にも悩まされずに済むようになった。


初期・後期研修を終え、次の職場に移るときに、建売だが家を買った。マンションは、一度「子供たちの足音がうるさい」と苦情が来て別のマンションに移ることになったことがあるので、妻も私も、一軒家で暮らしたかった。なので、かなり大きい出費だったが、二人して新築の家を「エイッ!」と購入した。1:9の割合で妻と私の共同名義となっている。


引っ越ししてから6年くらいたったころだっただろうか?日中や就寝までは天気が良かったのだが、未明に集中豪雨が襲ったことがあった。私も眠りながら、部屋の窓ガラスに激しく雨粒が打ち付けられる音を聞いていた。


朝、起床してリビングに降りていくと、家族はまだみんな眠っていたが、不思議なことが起きていた。リビングの床に水たまりができているのである。「あれぇ~?」と事態が飲み込めなかったが、その時、ぽたりと天井の電灯から水滴が落ちてきた。


「あっ!」と思い、その真上にある、ベランダのある部屋に飛び込んだ。前日の晩、窓を閉め忘れ、しかも窓にたたきつけるほどの大雨である。その部屋は完全に水浸しになっていた。フローリングの床は水分を吸ってそっくり返り、途方に暮れるほどの惨状だった。


タオルとバケツを持ってきて、その部屋を丁寧に拭いていく。バケツが溢れるくらいに水がたまるとトイレに水を流して、また拭き掃除。あまり家具を置いていない部屋だったが、動かせる家具は動かして、30分ほどであらかた拭き掃除を終えた。その後、リビングに降りて、水が垂れていた電灯を外すと、中のくぼみにも水が溢れんばかりに溜まっていた。それを排水し、再度電灯を天井に取り付け、リビングの水たまりも拭き取った。


新築の家を買って数年なのに、2階の床下~1階の天井裏が水浸しになっているわけである。ただここは素人では手が出せない。住宅会社のメンテナンス部に問い合わせをすると、「自然に乾燥するのを待つしかない」とのこと。手痛い失敗だった。


数日前、午後3時半頃から、私の住んでる市内に集中豪雨があった。医局で空を見ていると、青空がどんどん暗くなり、あっという間に大粒の雨が窓を叩きつけるようになった。豪雨の中、仕事を終えて帰宅。帰宅途中で雨は小降り→降りやんだが、市内を流れる川はかなり増水していた。

帰宅すると妻から「またやっちゃった」とのこと。天気が良かったので、ベランダの窓を開けたままウトウトとしていたそうで、ふと気がつくと、外は土砂降りだったと。慌ててベランダの部屋に行くと、ベランダの窓は開けたままで、床には大きな水たまりができていたと。


今回は1階に雨漏りはなかったが、電灯の中に水が溜まっていないかどうかは心配である。すぐに気がついたようなので、前回のように深く水はしみ込んでいないことを祈るのみである。

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