第35話 疾風怒濤の土曜日

毎週土曜日はお休みの医師も多く、基本的には土曜日は私にとっては「忙しい」一日である。7/16もまた、同様に慌ただしい一日であった。


いつも通り、7時前に出勤し、白衣に着替えて回診。私の担当する患者さんは皆さん落ち着いておられた。ホッとしながら、カルテを記載する。回診、指示を出して、一旦医局に戻る。机の上には書類作成依頼の山ができている。山がやってきたときは基本的にその日に片付けるので、前日帰宅後に私の机の上に置かれたものだ。書類は基本的にはPCで作成するが、プリンターが総務課にあり、業務時間が8:30からなので、まだ総務課のカギはかかったままである。とりあえず下書きを開始する。


書類を作成し、いつでもプリントアウトができる状態にしてから、少しネットでニュース記事を確認する。


8:30を回り、総務課の人たちが出勤していることを確認してから書類をプリントアウト。サインをしてから完成書類置き場に書類を提出して、8:45頃をめどに外来に向かう。


外来での医療者側の感染防御目的で、N95マスクを装着する、ということは推奨されていないのであるが、私自身が外来中に、呼吸器症状、発熱がなく、消化器症状で受診された患者さんの飛沫を浴び(舌圧子で咽頭の診察をしようとしたところ、患者さんが吐き気を催し、「オエッ!ゴホン、ゴホン」と咳を誘発してしまい、近距離で飛沫を顔面に浴びてしまった)、それを契機にCOVID-19に罹患したので、トラウマになっている。なので、わかっていながらN95マスクを装着する。それに、発熱外来でCOVID-19陽性患者さんの診察もしなければならないのも理由の一つである。なので、感染のリスクが極めて低いであろうワクチン外来の時は、不織布マスクをつけてワクチンを打っている。


数日前の時間外外来担当の時、整形外科的問題で患者さんから受診希望の電話があったのだが、一つは、当院で受診しても根本的には何もできないこと、一つは、大切な会議で私が提案したいことがあり、どうしても患者さんが受診するであろう時間帯は会議を優先したかったことから、「他の高次医療機関の救急外来への受診」を勧めたのだが、その後も何度か、その方からの受診希望の電話があったらしい。外来から電話をかけてくれた看護師さんに、「今の時点で受診を希望されるのであれば、救急車を要請し、適切な病院へ搬送してもらってください」と伝えて断ってもらうようにお願いした。

「何でも内科」の名前が泣くが、患者さんが来院されるであろう時間には、レントゲン技師さんも、臨床検査技師さんも勤務終了で不在になってしまうので、レントゲンさえままならない。法律的にも「十分な体制が取れない状態で患者さんを受け入れ、それで患者さんにとって不利益なことが起きた場合には、受け入れた病院、医師に責任がある」「専門外の医師が、専門医でないと気づかない所見を見落とし、それで患者さんに不利益が生じた場合は医師の責任」という判決が出ているので、その時の私の判断、対応は法律的には適切な対応であろう。ただ、対応してくださった看護師さんに「断ってもらう」という仕事をしていただいたので、外来に行くと、対応してくださった看護師さんに「先日はしんどい仕事を押し付けてしまうことになり、申し訳ありませんでした」と謝罪した。看護師さんは恐縮されていたが、本来は私がすべき仕事であり、いろいろな意味で本当に申し訳なく感じている。


そんなこんなで、今日もあわただしい外来になることを覚悟し、少し早めに外来を開始する。普通の会社員の方は土曜日は休日のことが多く、普段受診に来れない方の診察が多い。体調を確認し、定期薬を処方したり、市からの健診で受診された方の診察も多い。健診で来られた方は、紙カルテ、健診事業部から回ってくる書式、そして、企業健診も同時にされる方や、入職時健診も同時にされる方はそのための診断書も持ってこられる。健診事業部の書式と、患者さんが独自に持ってこられる診断書には微妙に内容が異なっていることが多く、結構手間がかかる。事前の問診表と、2つの用紙を確認し、診察すべきことを紙カルテに写して、診察を行なう。必要なことを問診し、身体診察を行ない、当院独自のルールだと思うのだが、胸部レントゲンと心電図の結果については診察の際に結果説明をすることになっている。


胸部レントゲン、心電図も所見を確認するのは少し手間で、まず当日の写真や心電図を系統立てて読影する。そして、異常のあるなしに関わらず、前回の写真や心電図がある方は、必ず前回のものと比較する。この「前回と比較」というのがとても大切で、時に「あれぇ?」と新しい異常が見つかることがある。


それらのことを確認して、患者さんを呼びこみ、問診、身体診察を行ない、胸部レントゲン、心電図の結果を説明する。異常所見のある人には「後日郵送で結果が届くので、結果に従って診察を受けてください」と説明。職場での健診も兼ねている人は前もって血液検査や検尿を済ませていることが多いので、異常があれば、もう少し詳しく説明し、職場への診断書については異常所見の記載と同時に就労の可否についても記載する。


一人につき、それだけの仕事をすると、10分近く時間を取られるので、健診の患者さんが4人ほど続くと、それだけで疲れてくる。それでも頑張り、診察を続ける。


土曜日の午前診は、救急車の受け入れ時には私が救急搬送患者さんの対応もすることになっているのだが、診察中に、私が担当していた方で、前日退院し施設に入所された方の搬送依頼があった。


施設で、血圧が低値、意識障害があり、パルスオキシメーターでも酸素飽和度が取れないとのこと。退院日の朝回診もニコニコされて、「特に変わりません」と仰られ、発熱もなかった。ただ、基礎疾患としては重症の心不全、腎不全と、当院に入院してから発見された、進行した肝細胞癌があり、ご家族には「いつ亡くなられてもおかしくないです」と繰り返し説明していた方だった。看取りも含めて施設で対応、ということで退院されたのに、変だなぁ?と思いながら、前日退院された直後の患者さんだったので、当院に搬送OKとした。前述の通り、「いつ亡くなられてもおかしくない状態」で、入院中は急変時は積極的な蘇生処置を行わない、というスタンスに同意されていたので、「個室を用意して、お看取りだなぁ」と考えていたら、病棟と、地域連携室から「お看取りも含めて施設で、という話だったのにこちらに救急搬送とはおかしな話です!」と連絡が私にあった。確かにその対応の約束で施設に入所、となったので筋の通らない話ではある。地域連携室が再度、施設に状況を確認して、もう一度私に連絡をくれる、とのこと。そんなわけで、その患者さんが頭の1/3くらいを占めながら、再度診察を開始した。


世間で報道の通り、とくにこの2週間ほどは爆発的にCOVID-19感染が広まっている印象である。疑い患者さんは「発熱外来」という形で、人数を制限し、一人一人に予約時間を設定して受診してもらっているのだが、この数日、「発熱と咳や咽頭痛」という典型的な症状で受診されている方の陽性率は、私の担当した患者さんでは100%。ことごとく抗原検査で陽性が出ている。そんなわけで、予約の「発熱外来」枠では収まらない、当院と関連深い施設の職員の方が割り込んで発熱外来に来られる。


施設の整った病院ではないので、発熱外来に複数人の方を待たせていると、仮に検査陰性、別の疾患だった方に発熱外来で感染させてしまうため、一枠1名、あるいは1家族としているのだが、それでは急増する患者さんに対応できない。しかし、当院が原因となる感染流行も起こしてはならない、という点で、これ以上は枠を増やせないのだが、つながりの深い施設や、時には当院の職員が感染疑い、という場合にはどうしても特別扱いをせざるを得ない。


そんなわけで、発熱外来もオーバーフローした状態となっていた。その発熱外来もこなさなければならない。発熱外来に受診された患者さんの検査指示、陽性となった場合には厚生労働省のCOVID-19管理システム"HER-sys“への入力のための用紙作成、そして患者さんを診察し、結果説明。患者さんの療養期間、ご家族の「濃厚接触者」の期間、状態悪化時の連絡先、患者さんご自身は”My-HER-Sys“への登録が必要であることなどを説明し、診察室に戻って、対症療法薬を処方する、ということになる。なので、発熱外来の患者さんの対応も10分以上かかる。そのような患者さんも午前診で5人ほど対応した。


診察待ちカルテは、健診や発熱外来で時間を取られている間にどんどん増えてくる。その間にも、搬送依頼の方についての問い合わせや報告が院内PHSにかかってくる。


あっちをして、こっちをして、と自分でも少し混乱しつつあった。搬送依頼の方は、施設の方からの話では、「容体が急に悪くなっているので、積極的な治療を希望する」とのことだったそうな。それでは、設備の貧弱な当院では対応できない。「もともとかかっておられた急性期病院への救急搬送を」という形で落ち着いた。


そんなこんなで、午前の診察受付は12:00までなのだが、診察終了は13:00頃だった。この日は14:00からコロナワクチンの接種外来が予定されており、担当医は私である。さっさと食事をとらないといけない、と思って医局に戻ると、また新しい書類作成依頼が数名分と、新規入院患者さんのカルテが2冊おいてあった。


「マジかよ…」と泣きたくなった。当院では、救急病院のようにERからの入院、外来からの入院は少なくて、多くの方は、転院調整をされて当院に入院される。なので、事前に入院時の指示を作成しておくのだが、これが結構手間で、一人の入院カルテ作成に1時間程度かかる。2名なら2時間である。しかも入院日は翌週の火曜日、水曜日である。月曜日が祝日なので、今日中に作成しないと間に合わない。また、書類についても、前述の通り、総務課が開いていないと、出力された書類を取りに行けない。今日は土曜日なので、午前中だけで総務課の方も帰ってしまわれることがしばしばである。なので、今のうちに印刷すべき書類は作成して、印刷、提出しなければならない。ワクチン外来まで1時間足らずの休憩時間ではあるが、休憩している余裕はない。先に書類作成を大急ぎで行ない印刷。入院指示以外の書類を大急ぎで片づけ、残り時間で大急ぎで昼食のお弁当を食べる。何とかギリギリ、ワクチン外来開始前に、新規入院依頼の書類以外のものは片付けた。


13:50頃に外来に向かう。ワクチン外来用に準備されているが、私がやりやすいように少しものを動かす。いつもは、この時間になると、14時台に予約された方のカルテが山のように積まれているのだが、今日は見当たらない。「今日はワクチンの方、少ないのかな?」と一瞬考えたが、甘かった。そのしばらく後に結構な量のカルテが回ってきた。


14時にはまだ少し早かったが、カルテが回って来て、ワクチン接種に関わるスタッフも全員揃っていたので早めにワクチン接種を開始した。


他の先生方は、問診だけで身体診察なくワクチンを接種されているのだろうか?ワクチン外来の時にカルテ記載がほとんどないのだが、私は、研修医時代に身体診察も行なってワクチンを打つようにトレーニングされているので、身体診察なくワクチンを打つのは落ち着かなくて気持ちが悪い。というわけで、最低限ではあるが、体調の確認と心音、呼吸音の確認を行なってからワクチン接種している。もちろんカルテにもその旨記載する。抗血小板療法や抗凝固療法を受けている方は、出血傾向があるため、接種後しばらくは接種部位の圧迫止血が推奨されており、問診表で抗血小板薬、抗凝固薬を内服中の方については、ワクチン接種後、5分程度の接種部位の圧迫止血を指導し、カルテにもその旨記載している。なので、他の先生よりもカルテ記載は多く、その分一人当たりの時間はかかっているのだろう。とはいえ、20年近くこのスタイルでワクチン接種を行なっているので、そうしないと気持ちが悪いのである。


身体診察をしてもワクチン副反応を予測できるわけでもないのに、何の意味があるんだ?と問われると答えに窮するが、それはそれとして、思わぬ心雑音が見つかったりして、驚くことも少なくない。今回のワクチン外来でも、当院のかかりつけ患者さんで3名、かなり強い心雑音を聴取した。雑音の性状と聴取された部位で、どのような弁膜症があるのかは推測できるが、中でも「大動脈弁狭窄症」は頻度も少なくはなく、時に致死的なイベントを起こすので、あまりスルー出来ない疾患である。数年前までは開胸して大動脈弁置換術が必要だったので、治療が大変だったのだが、今はカテーテルを用いて大動脈弁置換術ができるようになり(TAVI)、低侵襲で治療ができるようになった。


心雑音の強かった人に、「○○先生から、心臓の雑音のことは聞いたことがありますか?」と聞くと、皆さん、「いや、心臓の雑音のことは初めて聞きました」とのこと。「カルテにも書いておきますね」と伝え、ワクチン接種後、ワクチン接種についてのカルテには雑音の部位、性状、強さを記載し、外来カルテには主治医先生宛に「かくかくしかじかの心雑音がありましたので、ご評価お願いします」と書いておいた。こう言ったところでも時間を使ってしまい、遅くなってしまう。


予約の外来患者さんのワクチン接種を終え、入院中の患者さんでワクチン接種を希望されていた方にワクチン接種を行なっていると、外来・在宅・訪問看護師長から電話がかかってきた。「先生、まだワクチンのお仕事中?それが済んだら在宅部に来てください」とのお呼び出しがかかった。


「なんだろう、何かスカタンなことをしたかなぁ?」と思いながら、ワクチンの仕事を終えた後、在宅部に向かった。


師長からは、「先生が担当している〇×さん(100歳を超える方だが普段はお元気)、先ほど家から連絡がかかってきて、今、熱が38.8度あって、訳の分からないことを言っているそうなのですが、先生、どうしましょうか?」とのことだった。


7/13に定期の訪問診療に伺ったのだが、その時、お部屋には冷房がかかっておらず、布団も数枚重ねて休んでおられ、身体は熱っぽかった。感染による発熱なのか、環境温が高いための籠り熱か、判断がつきかねた。身体所見では有意な異常を認めず、本人もお元気そうで水分も食事もとれている、とのことだったので、体温については経過を見てもらい、高熱が出るようなら連絡をください、という対応をしていた。その翌日に、デイサービスで37.5度の体温だった、とのことで時間外に来院され、血液検査では炎症反応の指標であるCRPが7程度と上昇していたので、内服抗生剤を処方していた。その経過を考えると、おそらく何らかの感染症による発熱と考えるのが妥当と考えた。訳の分からないことをいうのも発熱によるせん妄状態と考えた。ここ数日の当院の医療体制を考えると、当院での入院よりも、急性期病院での精査加療が適切、と判断した。


ご家族の方に電話連絡し、「状態は良くないと思うので、以前入院されていた◇□病院に診てもらえるか、調整します。無理なら、別の病院を探しますが、いずれにしても、大きな病院での治療が必要だと思います」と伝え、紹介状を作成。師長さんは地域連携室と連携を取り、以前入院されていた◇□病院に受診の調整をされ、◇□病院より、「受け入れ可能」と返事をいただいた。作成した紹介状を師長さんに渡し、この方についてもmission complete!


カタをつけて医局に戻ると、最後の仕事、入院指示の作成に取り掛かった。前医からの紹介状や、看護師さんの看護サマリー、当院MSWさんのケースワークの結果を踏まえ、病歴、検査指示、リハビリの指示や食事の形態などを指示。二人分の入院指示を書き終わると、私の就業時間を1時間近くオーバーしていた。


当院は残念なことに、医師には残業手当がつかないので、残念ながらサービス残業。とはいえ、とりあえず、今日も全力で仕事を頑張った!という気持ちはある。


1週間、頑張ったなぁ、と思いながら帰途についた。土曜日は大体、こんな感じである。

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