第3話 制度のはざま

過日、ラジオNHK第一放送でCOVID-19の流行と、それに対してプライマリ・ケア医ができたことを総括するような話題が取り上げられていた。その放送には日本プライマリ・ケア連合学会理事長の草場 鉄周医師が出演されていた。この放送内容には賛成だと思うところ、反対だと思うところがあり、これについて下書きをしてみたが、下書きだけで4000字を越えそうな勢いだったので、あえてそれについては取り上げない。


私自身は「何でも内科」医を自認しているが、私が研修医として修業しているころ、そのような医師を養成するコースは整備が十分ではなかった。悪名高き「日本専門医機構」が「総合診療医」を一つの「専門医」と掲げたことが追い風になったのか、その数年ほど前から日本プライマリ・ケア連合学会(この「連合」というのがミソ)が「家庭医療専門医」育成のための後期研修プログラムの設立を進め、今では数多くのプログラムに若い医師が参加するようになっている。


私の子供の頃からのかかりつけ医であり、目標としていたS先生。S先生のお姿は現在提示されている「総合診療医」「家庭医療専門医」のゴールとされている医師であったが、先生の時代には、各学会が認定する「専門医」という制度そのものが確立されていない時代を医師として過ごしてこられた。もちろん、医学的に必要とされる知識も現在に比べて少なかった(わかっていないことが多かったからだが)時代ではあるのだが、1年間のインターンを行なって医師免許を取り、2年間の病院での経験をもとに地域に入られ、全力でその生涯を診療所と患者さんのために駆け抜けられた先生であった。S先生の時代には、「何でも内科」なんて考えはなく、ごくわずかの臓器専門医と、あとは「何でも内科医」の時代であった。


私が研修医を過ごした時代は、その過渡期であったように思う。専門医が「専門化」しすぎて、それを統合する医師が足りないことを「問題」とする雰囲気が出てきたが、それを解決する「システム」としては不十分な時代であった。総合診療、家庭医療を志向する学会も「日本プライマリ・ケア学会」「日本家庭医療学会」「日本病院医療学会」と3つの組織が並立(それらが統合されて「日本プライマリ・ケア連合学会」となった)している状態であった。なので、自分が研修医として、どのようなトレーニングを受けるのか、ということを考えざるを得なかった。


ラジオで、草場先生が「かかりつけ医」としての条件として、「日常の疾患に対応でき、専門医の治療が必要な際には速やかに紹介ができること」、「訪問診療ができること」、「チームとして、医療だけでなく介護の分野でも患者さんに即した体制を作ることができること」などが挙げられていた。最後の一つは、医師一人でできるものではなく、医師と地域をつなげるスタッフの力が必要であり、研修医時代から現在に至るまで、私の職場ではしっかりしたスタッフがいてくれたおかげで、曲がりなりにもチーム医療の一員として働いてこれたと思っている。


「訪問診療」は市井の人が思っているよりも、医師にとってハードルは高い。研修医時代の師匠も、「内科医でも、訪問診療に適性がある人とない人がいます。適性のない人にとって「訪問診療」は苦痛でストレスです」と仰られていたことを覚えている。今は訪問診療用の医療機器、例えば超音波エコーの機械や、訪問診療で持ち運びできるレントゲンの機械などが開発されているが、それはそれでコストがかかり、購入して元が取れるか?というとなかなか難しい。どうしても、病歴、身体所見、バイタルサイン、簡単な血液検査で判断をつける(自宅で診るのか、入院してもらうのか、入院してもらうなら、自院で入院加療が可能な疾患なのか、高次医療機関にお願いしなければならないのか)ことになる。しかもそのような状態では、判断は速やかに行わなければならない。時には瞬間に。その診察の流れはやはり病院、クリニックでの外来診察とは違う時間の流れ方である。逆に、腰を落ち着けて、30分や1時間ほどかけてゆっくり患者さんや、患者さんのご家族とお話が必要な時もある。その加減を身につけるにはやはりそれなりに経験が必要である。


初期研修医、後期研修医、また総合内科専門医を取得してからも、勉強の日々であった。今のところ私は、新生児期~乳児の初期(8か月程度)までは小児科専門医にお願いするが、それ以降の年齢のよくある疾患であれば、ベビーカーから超高齢者まで、一通りの対応と判断は行なえる(つもりである)。内科、小児科疾患だけでなく、小外科についても何とかなりそうである。ということで、一応「かかりつけ医」の機能を果たすことができる医師であると思っている。子供の頃に憧れたS先生ほどではないにせよ、患者さんにとっても、医療スタッフサイドから見ても「使い勝手の良い医師」であると(勝手に)思っている。


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