第4話

「できた〜!」


 オレが一人で設置したばかりのテントを前に、吸血鬼ゴーストの少女は瞳をキラッキラッに輝かせた。


「わたし、キャンプ初めて!」


 そう言って、テントの中を外を縦横無尽に通過している。そう、オレは今日、そもそもキャンプをするためにトコトコ愛車を走らせてきたのだ。


 鎖を解かれた犬のように、意味もなくそこらじゅうを飛び回っていた少女は、ようやく満足したようで、オレの目の前までやってくるとピョンピョン飛び跳ねた。


「ねぇ、キャンプファイヤーする? する? するよね?」


 本当に初めてのキャンプらしい。幽霊とは思えぬほどに生き生きしている。そんなところ悪いのだけどキャンプファイヤーはしない。オレは黙々と焚き火台をセットし、着火剤を使って手早く火をつけた。


「焚き火かぁ。ねぇ、芋焼く? 焼く? 焼くよね?」


 焚き火イコール焼き芋。安直な脳みその持ち主である吸血鬼ゴーストのことはやっぱり無視して、オレは持ってきたケトルにペットボトルの水をトクトク注ぎ、火にかけた。


 気づけば、すでに太陽は沈みかけ、オレンジだった空が紫色を帯び、夜がすぐそこまで来ていることを告げている。


「いい音だね」


 少女はいつの間にかオレの隣でちょこんと体育座りをし、パチパチと爆ぜる赫い炎をうっとりと眺めていた。


「わたしね、吸血鬼だったの。あっ、その前はキミと同じ人間だったよ。そのあとに吸血鬼になって、そして、今は吸血鬼の幽霊!」


 どうやら本当に吸血鬼の幽霊らしい。


「わたしも初めて知ったんだけど吸血鬼も幽霊になれるんだね。自分の死体を見たときは本当にびっくりだったよ。幽体離脱! うふふ」


 オレは聞こえていないっていうのに、随分ごきげんに話しかけてくる。


「わたしが幽霊ってことは他にも吸血鬼の幽霊がいるかもって探してたんだけど、これが不思議なことに全然いなくて! 人間の幽霊はよく見かけるんだけど、なんかあの人たち湿っぽくて…ちょっと仲良くなれなくてね」


 根明の幽霊の方が少ないだろう。でなきゃ、お化け屋敷はただのパーティー会場だ。


「だから、見えたり聞こえたりする吸血鬼を探そうと思ったんだけど、吸血鬼自体が絶滅危惧種だからとってもレア。でも人間はうじゃうじゃいるでしょ? だから最近は見える人間を探してたんだけど、なかなかうまくいかないね…」


 落ち込む少女を励ますように、焚き火がバチッと大きく爆ぜた。少女は少し驚いたように身を縮こめたが、すぐにクスリと笑みをこぼした。


「でもね、キミとは目が合った気がしたの。そんなこと初めてだったから、すっごく嬉しかったなぁ。まぁ、勘違いだったみたいだけど。わたしってばおっちょこちょい」


 そう言って、にへらと締まりのない笑みを浮かべる少女。体育座りだからだろうか。丸まった少女の背中はなんだか小さく見える。別にオレのせいではないのになんだか悪いことをした気持ちだ。しょうがないじゃないか。オレは見えないし、聞こえないんだから。そう、だから、しょうがない…よな。


「それはそうと、美容師のお姉さんは一体全体キミの何なわけ? ずいぶん嬉しそうにしてたけど」


 ただの義理の姉です。残念ながら! やましいことは何もありません!


「ねぇ、もしかして好きなの? お姉さんのこと、キミは愛してる?」


 それは…


「もう、しょうがないなぁ。わたしが恋のキューピッドになってあげましょう!」


 は?!


「今日のデート、初めてづくしでとっても楽しかったよ。すっかりキミのこと気に入っちゃった! だから、お礼にキミの恋を応援してあげる♪」


「あっ…なんか今、胸がチクチクって痛かった…なんでだろ…。ま、まぁ、そういうわけで、聞こえてないと思うけど、わたしキミのために頑張るからね」


 そこまで言うと少女は急にもじもじしだした。銀色に輝く美しい髪を急にいじりだし、チラチラとこちらを見ながら続ける。


「べ、別にキミのためだけってわけじゃないよ。そこまでキミに尽くす義理ないもん。だって今日初めて会ったんだよ。キミのことまだ全然知らないし。そう…そうなんだよね。キミのこと全然知らないのに、キミのために、キミが喜ぶことをしてあげたいって思うのはなんでだろう。キミが嬉しいとわたしも嬉しいっていうか…。こんな気持ち生まれて初めて…もう死んでるけど」


 もしかしてだけど、オレはめちゃくちゃ愛されているのではないだろうか。


「と、とにかく! もう決めたから! 今日はありがと。わたしそろそろ帰るね。人間の生活に合わせて、昼間に起きてたけど、もう、限界。ふわぁ」


 少女はうーんと伸びをした。あくびで大きく開けた口から、人間のものとは思えない鋭い犬歯がキラリと覗く。


 思わず視線が惹きつけられる。次の瞬間、あくびで瞳を濡らした少女と目が会った。少女はとびきりの笑顔でニコッと笑うと、オレの首に腕を絡ませてきた。幽霊の彼女の声は、空気を伝播しないはずなのに、吐息まで感じたのはオレの願望だろうか。


「しばらくキミのそばから離れるつもりはないから。これからよろしく。そして、いつか、わたしのこと気づいてね」


 瞬きとともに吸血鬼ゴーストの少女は消えていた。もう声も聞こえない。パチパチと焚き火の音がするだけだ。


 今日は予定外のことが多すぎてなんだか疲れた。だけど、不思議と嫌な感じはしない。それにこの程度で泣き言を言っていたらこれから身がもたないだろう。


 だってオレは、もうすでにどうしようもなく吸血鬼ゴーストに憑かれてしまったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

feat. アイうえおか吸血鬼ゴースト イツミキトテカ @itsumiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ