山の神

山の神

作者 かいらー

https://kakuyomu.jp/works/16816700428837751544


 冬の日本アルプスで遭難し、山の神に助けられた男の話。


 漢数字の表現云々の文章の書き方は目をつむる。


 上手い。

 単なる体験談的小説ではなく、怪奇者やホラーでもないけれど、ミステリーっぽさもある。

 

 主人公は長野出身で東京で働く登山愛好家。一人称俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で体験談。描写よりも説明、もしくは感想的に書かれている。


 女性神話視点に沿った書き方をしている。

 長野出身の主人公は願い事があると山に祈り、叶うと日本アルプスに登っていた。東京に就職し、久しぶりの帰省に奥さんと一緒に五泊六日の日本アルプスに雪山登山へ向かった三日目。泊まる山荘に一時間早く着くも、一時間先に行った山小屋のほうが広いからと更に足を進め、途中で風に煽られて滑落してしまう。

 骨折し、寒さに振るえ暖を取ろうとするもバックの中になかった。吹雪の中幻聴を見、山の神が諦めるなと声をかけ、温めてやろうといってくる。「だけど、私は気が短いからな。それだけはわかって居てくれ」とも声を子守唄に微睡みの中へ落ちていく。

 捜索隊の犬が見つけてくれて、ヘリで病院まで運ばれる。

 同時に、山で遭難した妻は助からなかった。

 一命を取り戻した主人公は山の神いついて調べ、山の神が女だと知るのだった。


「これは俺が遭難した時の話だ」と書き出してもいいのに、古来から山に登り、危険がつきまとい、信仰されてきた山の神についての下りからはじまっている。

 ラストで、遭難から助かった主人公が「俺は山の神について調べるまで山の神が女と知らなかったんだ」とある。つまり本作の冒頭は、主人公が山の神について調べたことなのだ。

 作品を作るとき、冒頭に戻るような終わりを心がけるとキレイにまとまるといわれる。なので、本作もそうした作りがなされており、読み終わって冒頭を読み返したとき、なるほどと二度味わうことができる。

 また、さり気なく「未だに遭難や事故で亡くなる人はあとを絶たない。だから、神様は居続けるのだろう。永遠に」となにやら抽象的で意味ありげな間遠目方がされている。これがのちの伏線になている。

 

「これは俺が遭難した時の話だ」つまり、主人公は生還したことがわかる。


 積雪量は七メートルもある冬の日本アルプスの話をして、地元に帰省し、山に登る流れになっている。季節が冬だという説明をせず、雪げしきの描写もなく、ただ「今日の姿も恐ろしいほどに美しい景色」と書かれて進んでいく。

 三人称で描くなら、冬山の描写を描いていくところだけれど、くどくどと描写せずさらりと説明で話を進めていくのは、本作が主人公の一人称、体験談の体を成しているからだろう。


「ちょっと天気が悪くなってきたな。急ごうか」

 一人称の作品だから、独り言を言っているように取れる。

 一緒に登っている妻に声掛けしたのだ。

 さりげない言葉の使い方が上手い。


 それでも季節が冬で雪がわかる箇所がある。「山の天気の移り変わりはとても早い。さっきまで、気持ちも晴れ晴れするような晴天だったが、段々と雲に覆われてきて、雪が降り始めた」

 少しずつ雪山の度合いをあげていっている。

 ただ、「地面に叩きつけられていた」とあるので、積雪はまだないのかもしれない。

 滑落したあとは、寒さに襲われ、マイナス十度の極寒アルプスを体感する。吹雪いているもしくは、雪がやんで風だけ、風がなくとも標高が高いので寒さだけが存在しているのだろう。


「そういや、あいつはどこに行ったんだ……?」

 多くの読者はここで、もやっとするはず。

 あいつって誰?

 一人で山を登ってきたじゃないか、と。

 そう思わせたあとで、『諦めるな』と幻聴が聞こえて、山の神が現れる。あいつって山の神のことなのかなと思っているうちに微睡み、犬に吠えられて助かるのだ。

 九死に一生を得た話で、その時の記憶で、幻聴は何だったのだろうと疑問に、別の疑問をもってきて隠す感じがミステリー小説のようで面白いし、うまい書き方をしている。


 調べたら、「山の神が女と知らなかったんだ。まあ死ぬ前に最後に女が見たかっただけと言われればそれまでかもしれないが、それにしても奇妙だろう?」と、女の人の話に結びつけてからの「そういえば俺に奥さんが居たのは覚えているよな?」と疑問を持ってくる。

 読者の多くは、この人奥さんいたの? と思ったに違いない。

 「奥さんも僕と同じで山が好きでね。よく一緒に山に行っていたんだ。そしてある日、アルプスに連れて行ってあげたんだ」と、ひょっとしたら山の神は、昔死んだ奥さんが幽霊になって出てきたのかな、みたいなことを考えさせておいてラストに「そう、丁度この日だよ。つまりね。俺の奥さんは山の神に嫉妬されて死んだんだよ」驚愕の事実をポーンと持ってきて終わる。

 置いてかれた感じが読後に残り、もう一度本作を見返し、なるほどと二度味わえる。

 作りが上手い。

 ラストをくどくど書かないところもいい。

 

「最も重要なのは、俺は山の神について調べるまで山の神が女と知らなかったんだ」と、最も重要なのはと念を押している点が少し引っかかった。

 つまり主人公は、山の神が女だから、奥さんを連れて行くと嫉妬して山で亡くなることを狙って、冬の日本アルプスに登山したわけではないとエクスキューズを入れているのだろう。

 主人公が助かったのは男だからもあるけれど、お願い事をして、叶ったらお礼参りならぬお礼登山をしてきたからだと想像する。

 神様も、願いを叶えたんだからお礼を言ってこない人間なんて、快く思うわけがない。律儀にお礼を兼ねた登山をしてきたおかげで、助かったのだろう。


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