抑え込んだもの

抑え込んだもの

作者 醍醐 潤

https://kakuyomu.jp/works/16816452219536136519


 周囲に合わせるために自分の意志とは反対の考えをして心を黒く染めてきた自分を救い出す物語。


 悩みを抱えているときのアドバイスとして、「決断を延ばせ」「身近な人を頼れ」「専門家を頼れ」「自己否定をどうにかして措いておけ」と先延ばしや考えないようにするのが一般的である。

 それでも解決しないことは、世の中に存在する。

 最後はやはり、自分を助けることができるのは自分だけなのだ。

 そのことを、本作品は改めて思い出させてくれる。


 主人公は周囲の人や物い染まった自分、一人称自分で書かれた文体。自分語りで、俯瞰しつつ、内面を吐露している。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公は生まれてきてから何十年、自分は数えきれない程のモノや人に染まり、周りと意見を合わせたり、本当の気持ちを表に出さず、自分の意思とは反対の考えを持つ自分を作り、今に至る。

 会議ではまわりの様子をうかがい、自分の意見とは別の意見をい、ランチではどちらの意見を選んでも角が立つからと、「どっちでもいい」と中途半端の返事をする。

 そんなことをくり返してきたから、晴れない霧の中をさまよい続け、やがて手足を鎖で縛られ十字架に貼り付けにされた自分の姿をみる。

 自分は自分自身を救うために右手の中の鍵を握り、足を前に踏み出す。


 霧の中という漠然とした世界の中で、主人公は「本当の自分」を探すために「右手に一つの鍵を持って」真っすぐ歩いている。

 明確な意志を感じる。

 これまでどう生きてきたのかが語られる。

 簡単にいえば、自分の考えがあるにも関わらず、同調圧力に屈して言いなりになって生きてきたのだ。

 同調圧力というのは女性の間だけではなく、男性間にもあるし、グループはもちろん、一番厄介なのは国家間の同調圧力である。

 他の同調圧力は、他所へ逃げるという選択肢が残されているのだけれども、国は引っ越すことができないので、自分の意見や主張があったとしても、周囲の状況や変化に流されやすい。

 基本はすべて、人間関係なのだ。

 なので本作は、多くの人に共感を得るような作品と思われる。

 だから、全体的に抽象的な、まさに霧に包まれたような世界として描かれているのだろう。

 具体的な事例、会議の多数決、ランチを食べにいくときどこに行くのかという、誰もが一度は経験したことがあるような題材を用いいている。こういう選択がうまい。

 抽象的だからこそ、持ち出されたたとえに現実味を感じ、読者も感情移入できる。


 比喩に絵の具が使われている。

 この表現が良い。

 色に染まる、という言葉もあるように、自分の考えが「色を混ぜれば混ぜるほど、黒に近づいていく絵の具のように」というところが、想像しやすい。

 しかも貼り付けにされた自分と対峙したとき、自分の心を触ると、「真っ黒だった」とある。

 腹黒いという言葉もあるように、色で表現するのはうまいと思う。

 

 なぜ、霧が晴れたのか。

 その前の例えにランチの話がある。

 AかBかの選択肢のとき、「どっちでもいいよ。自分は……」中途半端な返事をしたからだ。

 中途半端な返事というのは、自分の本音なのだ。

 他人の意見に従うことに疲れてしまい、どうでもいいよ、なんでもいいよと、そんな考えしかできなくなっている。それを口にした。だから、ようやく本音が言えたのだ。

 なので、「霧はまだまだ晴れることはないと思っていた」けれども「ある地点を越えた瞬間、突然、霧がスーと消えたのだ」

 

 十字架が大事よりも、磔にされているのが大事なのかもしれない。

 江戸時代、悪いことした人は磔の刑に処されたので、自分を押し殺すという悪いことをしてきた象徴として、貼り付けにされているのだろう。あるいは懺悔の象徴かもしれない。

 

 右手に持っていた鍵は、自分の勇気、信念、希望、夢、何でもいいけれども強い意志だろう。


 迷子とか悩みの相談とかの場合は、誰かに助けを求めることができる。

 子供にとって助けてくれるのは親。でも親の育て方が間違っていて助けてもらえなかった子供は、周りの顔色ばかり伺い、ありがとうとごめんなさいは言えても「助けて下さい」が言えない子になってしまう。

 磔にされているのは、幼い自分、インナーチャイルド。

 親の育て方のせいで十分に成長できなかったと思う人に、ひとつ良い方法がある。

 それは、自分自身が自分の親になること。

 ほんとうの悩みを解決して助けてくれるのは、他の誰でもない、自分だけ。

 昔の自分よりも優れた今の自分が親になることで、子供の頃に理解できなかったことも、すぐに身につき、成長できるに違いない。


 助けにきたのは、子供の自分の親である自分である。

 その第一歩を踏み出す、そんな話だ。

 人は誰しも、世界中に一人しかいない自分に嘘をついて生きてはいけないのだ。


 

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