子育て記録:4 新米落第パパ、約二分間で呪う
AM1:08
「あんの野郎ぅうう!」
理解できない構造建築の長い廊下を渡って俺たちが辿り着いた中枢部には、確かに食堂にような空間が在った。カウンター席と間隔を空けたテーブル席が二人用と四人用の席が各四席。真ん中には木があり、その前には高級そうなグランドピアノが置かれていた。床には水が張られていて鯉が多く泳ぐ姿が見えた。
(しっかし。胡散臭い店だな)
客は俺以外に一人としていない。時間が時間だからだろうか? それ以前に営業時間とかどうなってんだ? 扉には看板自体も見えなかったしな。
(勿体ない。宝の持ち腐れ感がっぱねぇ)
「どうかしたのか?」
オムツ交換をして帰って来るなり、怒りに吠えるとまに俺は聞いた。無表情な兎の顔が俺を見る。そして声を荒げた。
「やもの野郎がいないのよ!」
「なんで?」
「あたしが知りたいんだよ!」
被り物の中ではどんな顔をしているのか。
「その兎の着ぐるみ。どうして着ているんだ?」
興味が沸いた。顔を拝んでみたいと思ってしまう。
「ああ。この【着ぐるみ】は呪われているからね、脱げないのさ」
呪われいる? 脱げない?
なんの冗談だっていうのか。
RPGじゃあるまいし。ここは現実世界の日本。
「まぁ。水で濡れたら一時的には解けるんだけど乾いたら元通りさ。その都度、
余程と子供の妄想みたいなことを言って、脱げない理由があるのか。そんな妄言で俺が納得をするとでも思っているのか。
「怖い顔するんじゃないよ。嘘なんか言っていないよ」
どの口が言うのか。
「やも食堂自体がおかしいって思っただろう? その感覚は当たっているよ。この空間自体が魔法によって組み換えられているから異様に広いんだ。今でいうところの《異世界食堂》ってやつさ。異空間と繋げられていてね、今日は来ていないけど。普段はおかしなキャラやヤベーキャラみたいなお客様方が来店をして来るのよ。こっちの普通の人間も――たまに来店するけど、それには条件があるんだ」
条件の提示に俺は思ったことを口にした。
「なんらかの問題がある奴、限定ってことか?」
「まぁまぁ。ほらほら、お客さま。お席にご案内致しますよ」
「誤魔化すなっ」
「お子様も寝ていますし。お座りになった方がいいじゃないか?」
舌打ちをする俺をとまがキッズ席へと連れて行く。そこの席にはベビーベッドやテーブルに子どもを入れられる穴のある安心スペースだった。
「その子はベビーベッドに寝てもらおうかね」
「そうですね」と俺は抱っこ紐を解いてゆっくりとありすをベビーベッドに寝かせた。ネットで見た情報による赤ん坊の背中に搭載された起床スイッチが押されて起きるかもだとか心配したが、すやすやと寝息を立てていた。ありすはいい
AM1:36
「メニュー表下さい」
「え」
「え。じゃなく、腹も減ってんだよ。
「ったく。さっき泣いてたぼんくらが腹ペコですかー」
「こちとら家に帰ってからなんやかんやとてんやわんやで、ようやく、今。落ち着いた訳だ。ありすも降ろせて、自由の身になったからには飯を食うのは当然だろう。殺す気か」
「っはん!」
バン! とテーブルの上にメニュー表が叩きつけられた。なんて従業員だ。やもの教育的躾けはどうなってんだ。
「母親に逃げられたか?」
「!?」
ばっ! と俺は目の前に腰を据えるとまを睨みつけた。
「境遇と立場なんかはやもと同じじゃないか。あたしの母親もやもを見限って、あたしを連れて逃げたんだ。それから20年後、シンママになって娘を抱いたあたしはやもと再会したんだ。そして、あたしはバイトで雇われて今に至っているのさ。で、この着ぐるみな訳だ」
「? かなり以下省略過ぎて訳が分からん。話す気がないならもういい」
俺はメニュー表を釘要るように見入る。新作。人気。定番。それ以外。目に入る全ての料理の写真が美味そうで腹も鳴る。
だが。
「この料理って。こっちのじゃない?」
明らかに何かがおかしい。
「大当たり」
「……金額も。この安さは……」
一番高い料理は二千円。あとはALL千円とALL五百円。ドリンクはALLに百円。デザートもALL三百円。全てが税込みだ。
「違法的なものは使用していないけどね。食材のほとんどが、あんたの想像通り【異世界産】のみを使用してんのさ。調理しちまえば分からないけどね。まぁ。あたしは料理できないから、あんたにはこれだ」ととまがメニュー表の上に丸い青色の小型機械を置いた。それは昔の喫茶店やレストランなんかにもよく見かけたものだ。
「誕生日星座占いくじ」
「中にはやもが依頼した知り合いの神社の人が書いた有難いお言葉が入っているよ。どうだい? たったの四百円のおみくじでも、人生の分岐点の手助けになるんじゃないの? 出て来たメニューを作ってあげるよ」
「作れないくせによく言えたもんだ」
「四百円だよ!」
「っち」と俺は聞こえるように舌打ちをして、誕生日と星座に矢印を向け、小銭入れから丁度あった四百円を投入口に押し込んだ。ちゃりんちゃりんちゃりんちゃりん……ガランと引き金を引くと赤い球が出て来た。
「ちゃっちゃとしなよ。時間は待ってくれないんだよ」
ひょいと赤い球を持ち上げ、俺よりも先に中を開けて紙をとまが取り出して見開いた。
「待ってな」
ひらりとテーブルに落ちて来た紙を俺は拾って見た。
そこに書かれていたのは――……
AM1:58
「はい。カレーライス」
ごっとん! とテーブルに置かれたのは見紛うことのないカレーライスだった。大きな野菜もごろりと、盛りに盛られた普通量ではないライス。横に添えられる赤い福神漬けもキラキラと光る。そして、グラスに注がれた透明感のない飲み物が置かれる。紙にはカレーライス以外書かれていなかったはずだ。いや。あともう一つ。書かれていたものがあったが、俺には使用用途が分からない。食うときに必要なんかないものだ。
「ドリンクは初回サービスだよ」
「何それ」
「RPGでいうところの体力回復ドリンクだと思えばいい。効くよ」
「癖になったらどうしてくれんだ」
「歓迎するよ」
「っは!」とスプーンを手にした俺の横に、コトととまが置く。見れば、それは砂時計だった。書かれていたものがこれだ。どうして今、必要なのか。理解が出来ない。
「これは魔道具。約二分間だけ過去に飛ぶことが出来る品物だ。一日一回の使用が可能だ。あんたがカレーライスを食べているときに帰る。そして。その場にいる人間とも会話が可能だ。未来に繋げられるといいねぇ」
とまが簡単に説明をすると砂時計を持ち上げ、
「っちょ!」
ゆっくりとひっくり返すとテーブルに置いた。
瞬間。
AM/PM0:0000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000……
視界がぐにゃりと動き閃光が奔った。
「お兄さん。カレーどうかな?」
そして。
俺に優しく話しかけるのは妻になり、蒸発をしたはずのあの女ではない、幼馴染の少女――若葉理生がはにかんで俺を見ていた。
「理生ね、初めて一人で作ったんだけど」
沸騰する頭とは裏腹に。
『約二分間だけ、過去に飛ぶことの出来る品物だ』
とまの言葉が俺を縛り付けた。恨みも辛みも、憎しみも。貴重な約二分間なんかでどう伝えればいいというのか。そんなこと不可能だ。
怒りを、この少女にぶつけるなんて大人げないことを。32歳の俺がどう責める資格があるというのか。全く、ないというのに阿呆らしいったらない。
「お兄さん?」
「……」
「どうして、泣いているの?」
困惑をして涙目になる少女。
俺がこの
「お前は生後四か月の娘を置いて蒸発をするんだっ、俺なんかと子供を育てたくないってさ! カレーライスを食べる度に、今、目の前で馬鹿みたいに泣く俺の顔を思い出せばいい! そして後悔をするといい! だが! 俺にはありすがいる! 変わるチャンスがある! どうだっ、羨ましいだろう!
だから! お前が誰のどこの骨の男と幸せになろうがどうなろうがっ、しっちゃこっちゃねぇええんだよっ!
だから! だからっ!
お前の幸せを心から呪っているよ」
AM/PM0:0000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000……AM2:00
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