千日紅
目が覚めた、瞼は重かったし目覚まし時計は壊れたかのようで音を立てていなかった。僕の部屋は相変わらず黙っている。
窓を開けていなかったので、空気も熱も籠っている。早く外に出たい。
僕の心は以前に比べて衝動的になった。いや、前からずっとこうだったかもしれないけど。
縁側から跳び降りて順調に走り出した。
行き先は決まっていた。
夕日が美しく映える、寺の近くの坂と坂下の果てしなく高い崖。
茶色に焦げた車両用防護柵に肘と体重を掛けて見る夕日はいつでも僕の心の何処かで鮮明に輝いてる。
柿色の空と蜜柑色の大地の境目が海岸線のように確かなようで曖昧で不安定でいつも綺麗だった。
今、全力でそこに向かって駆け出す。きっと着く頃まだそこには夕日なんて登る時間では無くて、太陽はそれに成りかけてすらいないのだろう。
それでも構わなかった。むしろ今大事なのは夕日なんかではなくて、時計の針に置いて行かれたままのその空間と時間だ。
そう確信していた。
足が信じられないくらいに軽くて、翼が生えるような、って表現はきっと今使う言葉だって思った。
これまで聞いた鳥の音も、風の音も得体の知れない感情も僕は置き去りにした。
思い出の場所にさあ、帰って来たぞって心の中で言ってやった。空は未だに青と白で夕日なんてなかった。
不安とかそういうのはなくて、ただただ自由だった。
翼が生えた。
どこまでもどこまでも。きっと空までだって手が届く。僕に柵なんか無意味だった。
柵を軽く飛び越えて、僕の視界は柿色の空で満たされる。不思議な気分だ。非常に、
空に手を伸ばしてみた。けど僕は重力に足をがっしりと掴まれて、そのまま遥か遠くと思えた崖下に身体を打ちつけた。
疲れたし、眠いし、痛いし滅茶苦茶だった。意識が朦朧としてきて次第に瞼が上がらなくなった、
何物の音も聞こえず何の感情も湧き上がって来なくなった。
強いて例えるなら生きることの対極に位置するような状態にあるのだと思った。
未だ嘗て無い程に快く眠れた。
魄の保存即 @u_y_
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