犬洎夫藍

窓から昨日とは違う朝日が差し込む。

鐘が鳴った幻聴がした。幻聴なのは間違いなかった。


玄関で僕は寝てしまっていたみたいだ。意識が朦朧としたのか、疲れたのか、僕の足は立っていることを諦めていた。


何が起こったのだろう。僕は僕の気持ちを理解してあげられずに喪失感というか、心に針の穴空いたようなよく分からない感情が込み上げた。


「あの爺さんは誰なんだろう。」

そんな言葉が静かに自然と口から出てきた。声を出すときに喉が渇いていることに気づいた。


まだ外に居るかもしれないとふと思って、玄関の扉を開けてみようと試みる。居るわけが無いかと取っ手に手を伸ばしながら我に帰る。


それでも伸ばした腕はそう簡単には戻らなかった。扉はやけに重くて、また一つ僕の心に違和感を増やす。


爺さんが居た。

少し玄関から距離を置いて座って居た。


驚きよりも予想が久しぶりに的中したことによる喜びみたいな感情が勝って、悪い気分はしなかった。


「まだ居たんですね。」


僕はそう話しかけた。


「まだ…あぁ、まだ居たさ。」


爺さんは思案しながら、言葉を若干濁しながら言う。


「まだなんか用ですか?」


「いや、今用事は済んだよ。」


「そうですか、ならお帰り下さい」


僕はそう雑に急かす。早く一人にして欲しかった。昨日の時点でもう訳わからない精神状態だったのに、更に追い討ち掛けてくる見知らぬ爺さんに無性に腹が立ってきた。


「すまないね、またどこかで、」


爺さんそんなことを言っていた。足早に僕の視界から姿を消す。足下には狐色の毛が落ちていた。


独りの空間にはいよいよ静寂が現れて、ぼくの心を掻き乱す。


「もう、わからないや」

そんな言葉がひとりでに出た。思考を放棄する手前まで歩いた。


疲れた、身体がそう合図を出した

確かに疲れていた


玄関を開けて、閉じて居間に戻る。昨日までの空間はそこにはなくて何かが欠如している、そんな気がした。僕の最良と思っていた日々は過ぎ去った。


喉が渇いていることを思い出した。井戸から汲み上げた水を飲んだ。まるで毒でも入っているかのようで酷く不味かった。


疲れてるんだなって思った。


欠伸をした。眠りたいことを自覺して、昨日の朝以来に自室に入った。


空っぽな部屋で今の自分の心境を表しているかのようで、心の内を見透かされている感じがして気持ち悪かった。


それでも眠りたい衝動と欲求はとても抑えられなかった。

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