魄の保存即
@u_y_
彼岸花
と"こか遠くで花火が咲いた。そんな音が微かに聞こえた気がした。"
目覚まし時計よりもほんの少しだけ早くに起きた。カーテン越しに差し込む光が僕の布団の端を照らす。少しずつ空気は涼しくなってきているものの、未だに暑さが残るそんな朝。
ぼんやりと空っぽな自分の部屋を見渡して心の隅で満足する。
外の空気を吸いたくなったので、僕は布団の引力に精一杯歯向かう。重たい足を上げて軽く背伸びをして縁側に向かう。天井を仰ぎ深く深く深呼吸。
縁側から靴を履かず地面に跳び降りる。
鳥の鳴き声が鮮明に聞こえるくらいに静かな時間が過ぎた。風のせいで草木が揺れる。裸足で感じるひんやりとした土草が気持ちよい。
空を見つめてしばらく時間が経っただろう。
普段ならそろそろ聞こえてくるはずの同居人の声が聞こえない。心配になって僕は居間に向かう、
何処となく嫌な予感と、焦燥感が僕を襲う。
階段を一段一段と踏みつけて同居人の寝ている筈の部屋へ向かう。
開けていいか尋ねるために2、3回軽く扉を叩く。帰ってくるのは返事に困る沈黙。
寝てるのかな、と僕は思案するものの心の隅で不安が湧き出る。
朝起きた時から何かが違った、
昨日とは確かに何かが違った、
違和感と違和感とが交錯する。
扉と床の間から冷たい風が吹き抜けて、僕の足を擽った。
思い切って取っ手に手を掛ける。
カチャ と案外軽い音を出して扉は開く。
見知らぬ白髪の爺さんが寝ている同居人の身体に手を翳していた。
多分これが違和感の正体だと思った。
窓が開いていた。真っ青な空と若々しい木々が広い部屋を照らす。もう一度、空気が窓から扉へ吹き抜けていくのを頬で感じた。
爺さんは頭だけを此方に向けて僕の目を見た。なんか奥行きのある瞳だと思った。特に僕に興味も無いのか分からないがすぐ同居人の方へ目線を戻す。
僕にはとても状況が理解出来なかった。
どうやって何をすればいいのか検討もつかなかった。
ただいつもとは違う光景を拒むことも出来ずにただ呆然と立っていた。
時計がゆっくりと動く。爺さんは "故障かな" とかなんとか呟いていた。
暫くして用事が済んだのか僕に顔を向けて少し満足そうに笑みを浮かべる。
僕はなんでこの爺さんが部屋にいるのか、なんで何も喋りかけて来ないのか今更ながらに不思議に思った。
僕より背の低い爺さんは、僕と同じくらいの寝ていた同居人を軽々と肩に担ぐ。
そのとき僕には同居人が寝ているといふよりも遥かに、物、と言う表現が適している気がしてならなかった。
そのとき僕には同居人が生きているにしては息をしている感じが無いように見えた。
同居人を担いだ爺さんは玄関の方へ歩き始めた。扉の前で道を塞いでいた僕は爺さんの目の訴えるままに従って端へ寄った。
なんとなく僕の足は爺さんのことを追いかける。
階段を降りる時も玄関に着いてからも爺さんは黙っていた。律儀に靴も揃えて置いてあった。
爺さんは靴を履いて扉に手を掛けた。玄関の扉は同居人の部屋の扉よりも軽い音を出して開いた。
その爺さんは僕の家の玄関を開けて、去るときに言い残した「少年、狂いたまへ」と。
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