おトイレ事情

六花

おトイレ事情

 ちょっぴり田舎な地域にある県立七節中学校。校舎の老朽化で昨年、隣の敷地に新校舎を併設して新入生含む全生徒職員は新校舎へ通うようになった。

 ピカピカの校舎や机に椅子。清々しい雰囲気にみんなが浮き足立つ中、俺の心は別の事で浮き足立ちそれによって悩みも抱えていた。

 それは恋の悩みってやつだ。

 俺は人目を盗んで毎日、朝、昼休み、放課後と好意を寄せるあの子の所へ足を向ける。然も当たり前のように学校が休みの日も同じ時間にあの子の所へ行く。これを入学した翌日から3ヶ月、欠かさず続けている。

 ストーカーだろって? そんなもん知ったこっちゃねぇ。

 その相手が普通の女の子なら俺は先生や親にチクられてボロクソに怒られた挙句、その子への接触を出来ないようにされるだろう。

 下手すりゃ警察沙汰になって転校ってのもあるかもしれない。

 だが、彼女は普通の女の子じゃないから俺は気にせずアプローチを出来る。

 誰にもこの恋の悩みを相談出来ないし、するつもりもない。


 昼休み。本日もクラスメイトは俺にチラチラと視線を送り、クスクスと笑う。


「ククク、今日もぼっち野郎がぼっち飯をしに行くぜ」


「友達がいないと休み時間も教室に居づらいよね。特に昼休みは長いから」


「でも、一体どこで弁当食ってんだ?」


「放課後も気付いたら居なくなってるし、謎よね……」


 なんとでも言うがいいクラスメイト風情が。お前らに教えるわけがないだろ。勝手に不思議がっておけ。それに俺はお前らに構っているほど暇じゃないんだ。

 少しでも移動の時間を縮めようと弁当を持って足早に教室を出て目的地へ向かう。


 所要時間は約5分。新校舎を出て旧校舎3階の1番奥の女子トイレへ到着した俺はすぐさま入り口から3番目のトイレのドアをノックして彼女へと声をかけた。


「はーなこさん。一緒に弁当食ーべよ」


 そう。俺が好意を寄せている相手は学校の七不思議で有名な怪異、『トイレの花子さん』だ。


 ◇


 入学式の時、腹の調子が悪かった俺は猛烈なな便意に襲われ、旧校舎のトイレへ人目を盗んで駆け込んだ。

 新校舎のトイレへ行かなかったのは入学早々『ウンコ野郎』という不名誉なアダ名を付けられないようにする為。

 駆け込んだトイレは1階の職員トイレ。


「ふぅ……危ねぇ危ねぇ。もう少しで漏らすとこだった」


 ギリギリで用を足せた俺はケツを拭いてズボンを上げたところで隣に立つ花子さんに気付いた。


「え? 誰?」


「ワシはこの学校の創立時から居る『花子』じゃ」


「あ、はあ……花子さんねぇ……」


「反応が薄いのぅ。学校の七不思議として有名な怪異『トイレの花子さん』を知らんのか?」


「知ってるけども……」


 用を足しているところを見られた? 怪異? 七不思議? そんなもん俺にはどうでもよかった。だって、この花子さんは……、


「どうした? 怖くて用を足した後なのにちびったか?」


「可愛い……」


 物凄く可愛くて俺の好みだったから。


「ぬ?」


「花子さん、めっちゃ可愛い! 俺と付き合ってくれ!」


 羞恥心や恐怖心や理性を置き去りにして超絶美少女な花子さんに思わず想いを告げて抱きしめた。


「のわっ!?」


 華奢な体には少し大き目な胸の膨らみ。整った顔立ちにぱっちりした目。

 ショートカットの黒髪は艶やかでサラサラ。そしてこの抱きしめた時のぷにぷにした何とも言えない柔らかい体とフルーティーな甘い香り。ここはこの世の天国で花子さんは女神か。


「やめんか!」


 我を忘れかけていた俺は突き飛ばされてトイレの外へ投げ出され、すぐにドアを閉められた。


「変態め! 2度と来るな!」


 これが俺と花子さんとの出会い。

 それからというもの、花子さんとどうしても付き合いたい俺は毎日旧校舎へ通う事となる。

 たまたま駆け込んだトイレに超絶美少女の怪異。これは運命と言っても過言ではない。こんなの通わずにはいられないだろ?

 通い始めてすぐに花子さんが居座るトイレは毎日変わる事がわかった。

 しかし、俺は3日で花子さんの匂いと気配で的確にどのトイレに居るか分かるようになった。

 そうして3ヶ月経った今『ウンコ野郎』のアダ名を免れた俺は、花子さんにアプローチする為に友達も作らず熱心に旧校舎へ通っていたら『ぼっち野郎』になってしまったのは言うまでもない。


 ◇


 ドアをノックして呼びかけても返事がこないから、もう1度ノックして呼びかけてみた。


「花子さーん。居るんだろ? 匂いと気配でバレてるぞー?」


「居らん!」


 2度目の呼びかけに花子さんが反応をしてきた。

 恐らく息を潜めて居留守を使っていたんだろうけど、思わず『居らん』とか言うあたりが何とも可愛い。


「居るじゃん」


「あぅ……」


 墓穴を掘った花子さんの反応が実にいい。


「なぁ、そろそろ一緒に弁当食ってくれよ」


「嫌じゃ。帰れ、変態」


「冷たい事言うなよー。はぁ……じゃあ、俺はまたここで弁当食うから、花子さんもそっちで食っててくれ。それでいいから」


 こうなる事を予測して予め旧校舎の全てのトイレにレジャーシート代わりのダンボールが置いてあるのだ。

 俺はダンボールを敷いてその上に座って弁当をひろげて花子さんとのランチタイムが始まる。


「うむ」


 ドアは隔てているけど同じ空間で食事を出来るのが嬉しい。何故なら花子さんは、


「みーとぼーる」


 いつも少しドアを開けて、その隙間から俺の弁当を覗き込んで欲しいおかずを強請ってくるから。


「ん? ほら、好きなの持ってけよ」


「……うむ」


 弁当をドアの方へ差し出すと隙間から手を出して握られたお子様用の可愛らしいフォークで欲しいおかずを突き刺して攫っていく。

 そしてまたドアを閉めると花子さんは決まって小さな声で言う言葉がある。


「……ありがと」


 普段、ツンツンしているクセに時折みせる素直なところが俺にささる。これがツンデレの破壊力というやつか。



 弁当を食べ終え、休み時間が終わる5分前まで俺はドアの向こうに居る花子さんと話をする。

 内容は家や通学路での出来事や授業中の事、テレビや漫画などの話と色々話す。

 俺の話に興味を持った花子さんは、夜中にトイレから出て新校舎へ行ってテレビをこっそり観たり、俺が持ってきた漫画を読んだりしていて俺と楽しそうに会話をしてくれる。


「もうそろそろ教室に戻らないと……」


 話を切り上げてトイレを去ろうと出入口の扉に手をかける。


「さっさと去れ!」


「うん。じゃ、また放課後に来るから」


「2度と来るな!」


 相変わらず冷たい言葉を吐く花子さん。でも……、


「……わかった。もう来ないよ……くぅ……」


 出入口の方へ体を向けて俯き、今にも泣きそうな感じを醸し出すと、


「す、すまん! 嘘、さっきは嘘だから! ホントはまた来て欲しいのじゃ!」


 花子さんはトイレから飛び出してきて俺の背中に抱きついて本音をぶつけてくる。

 押してダメなら引いてみろってのはまさにこの事だ。

 ずっと1人ぼっちだった花子さんは今まで寂しかったんだろう。

 そこへきて、恐れるどころか付き纏ってくる俺と過ごす時間が当たり前で心地よいものになったのかもしれない。

 花子さんに寂しい思いはして欲しくないけど、この事を誰にも言いたくない。

 こんな寂しがり屋の可愛い女の子が居るなんて知られたら人が集まってきて、俺が必要じゃなくなるかもしれないから。

 恋のライバルは居ないに越した事はないだろ?


「うん。じゃあまた放課後に来るから待っててくれよな」


「うむ。楽しみにしておるぞ」


 ゆっくり振り返り花子さんの頭をソッと撫でて俺はトイレを後にする。いつか花子さんと付き合える事を夢見て。

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