化かし化かされ

第1話

小学校最後の夏、私は祖父母の家に預けられた。夏休みは毎年必ず親と一緒に祖父母の家に泊まりに来ていたが、今年は両親が忙しく私だけが来ることになった。祖父母の家があるところは田舎で自然豊かな場所で、都会育ちの私の住む場所とは正反対の場所だ。小さい頃は田舎の澄んだ空気、緑生える田んぼ道、蛙や蝉の鳴き声、川のせせらぎ、緑生い茂る山、何もかも新鮮で自然のなかでの遊びが楽しいと思えた。


ただ、それも年を重ねるうちに薄れていってしまった。本当なら友達と花火大会に行く予定だったのだが、「中学校になったら忙しくなっていけなくなるからおばあちゃんたちに会ってきなさい」と半ば強引に来させられた形だ。そんな不貞腐れている私に祖父母は、手をこまねいていた。それがなんだが居心地が悪くて散歩に行くことにした。


「メグミちゃん、どこ行くの?」


「ちょっとそこら辺散歩して来る」


「そうかい、気をつけてね。ああ、そうそう決して・・・」


「悪さをしないこと。悪さをしたらキツネに化かされる、でしょ。いってきまーす」


「いってらっしゃい」



毎年、祖父母に耳にタコができるぐらい聞かされた話だから覚えてしまった。祖父母の家の近くには小高い丘がありそこには、稲荷神社がある。そこには、宇迦之御魂神うかのみたまのかみが祀られていて、その神様は五穀豊穣や商売繁盛を司る収穫の神様らしい。そして、悪さをするとその神様の使いであるキツネに化かされるという言い伝えがあるというのだ。そんなの本当か嘘かわからない。でも、キツネがいるのは本当。なぜそう言い切れるかは、昔、この場所でキツネを見たことがあるから。







それは、去年、父と山を散策していた時のことだ。父とはぐれて、泣きべそをかいていた時、ふと淡い光が視界に入り顔を上げるとそこには、キツネがいたのだ。その時キツネと目が合った。その時は祖父母の話などすっぽ抜けておりただただキツネの姿に見惚れていた。オレンジと白のふわふわしていそうな毛皮を纏ったキツネに。無性に触りたいと思い、近づこうとしたら逃げられてしまった。私は追いかけたが、追いつくことは出来ず、代わりに父を見つけることが出来た。その頃には、涙も引いており、父も最初は心配した様子でいたが、なぜか私を見て不思議がり「どうした、なにかあったのか?」と。私は「なんでもない」とキツネにあったことを無意識に隠していた。





それを思い出した私は、父と出かけた山に入ろうとした時、一人の少年と目が合った。白髪に白い肌とオレンジ色のシャツと黒いズボンを着た温和そうな少年に。同い年ぐらいだろうか。


「そっちは危ないよ」


「え?」


「僕、オススメの場所があるんだ。そっちに行こう」



私は突然の出来事に驚きを隠せず、普通ならそこで立ち止まっているはずなのに、なぜかスタスタと前を歩く少年のあとを追っていたのだ。少年が連れてきた場所は、小高い丘の上にある稲荷神社だった。少年は村を見渡せるベンチに座り込み、私も座るように促した。ここまで来たら、することもないし、付き合おうと思い私もベンチに座り込んだ。


「僕はね、この場所がお気に入りなんだ。ここから見る景色素敵だろ。自然豊かなこの景色。下に見える田んぼも、向こうに見える山々も今は緑が映えてるけど、季節によって様々な姿を見せてくれる。そして耳を澄ますと川のせせらぎも、生き物のたちの音色も聞こえてくる。そんなこの土地が僕は大好きなんだ。君は?」


少年はこちらを見て嬉々として聞いてきた。


「・・・好きだった」


何故だろう、この少年に見られると嘘がつけない。


「そっか。だった、か」


顔を逸らした少年の横顔はどこか、嬉しいようなそれでいて寂しげな雰囲気を醸し出していた。


「そうだ、君のこと聞かせてよ。僕ここら辺のことしか知らないからさ」


「別にいいよ。まず何から話そうかな」


「ねえ、都会ってどんなとこ?」


「えっとね、うるさいところ、でもねキラキラしたものがいっぱいあるんだ。こことはまったく正反対」


「へえ~、それで、それで」


「景色もこことは違うイルミネーションっていって明かりの綺麗さもあるし、可愛いものや美味しい食べ物で溢れてる」


「えー、こっちだって負けてないと思うけど」


「空気はこっちのほうが澄んでいるかな。あと、生き物はこっちの方が活き活きしている気がする」


「うん、うん」


コロコロと態度が変わる少年に翻弄されながらも嬉しそうに私の話を聞く少年にいつの間にか心を許していた。それどころか心が躍るようだった。


「・・・本当はね、私こっちに来るはずじゃなかったんだ。友達と花火大会に行く予定があったの」


「そうだったんだ。それは残念だね」


「でも、君に出会えてよかった。心が晴れた気分。それに・・・」


「それに?」


「ここの良さをまた知ることが出来た」


「そっか。それは良かった、うれしいよ。そうだ、今夜、花火をやるんだ。良かったら今夜ここに来てくれない?」


「本当に!?絶対来る」


「ははは、約束だよ」


「うん、約束」


私は、指切りをしようとしたと手を差し出したが、彼はすることを嫌がった。


「指切り知らない?」


「ううん、知ってるよ。でも、そんなことしなくても来てくれるでしょ」


「そうだけど」


私に触れられることを拒んでるようで心が痛んだ。


「そろそろ、夕ご飯の時間だね。帰らなきゃ。じゃあ。また後で」



そう言うと、彼は神社の奥へと去っていった。家へ帰ると祖父母は心配していたようで祖母が「なにもなかったかい?」と尋ねてきた。「うん、何もなかったよ」そう答えたにも関わらず、何やら祖母は嬉しそうに「そうかい」と答え、それ以降深く追求はしてこなかった。









夕ご飯を終え、私は今どうやってここから抜け出そうか考えていた。おそらく夜の時間に外に出ることは許されないだろう。それならば、祖父母が寝静まった後にそっと出ていくようにしようと考え、実行した。案外うまくいくもので祖父母を起こさずに家を抜け出すことが出来た。そして、稲荷神社に着くとすでに彼はあのベンチに座って待っていた。私は彼の隣に座った。


「お待たせ」


「来てくれたんだ」


「当たり前でしょ。約束したんだもん」


「じゃあ、早速始めようか」


彼がそう言うと、ヒューという音とともに淡い光が打ちあがる。そして、ドンっという音が響き空に花が咲いた。


「うわー、綺麗」


「それは、よかった」


その後の会話はなく、花火の音だけが辺りに響いていた。それでも、その空間は心地いいものであった。


「あのさ、君は好きな人いる?」


唐突なことに、言葉が詰まる。好きな人。いままであまり深く考えたことはないけれど。私は無意識に彼に視線がいった。


「僕はね、いるよ」


その言葉に胸にチクりと針で刺されたような感覚に襲われる。


「その子はね、この土地に来ると楽しそうに色んな遊びをしていた。魚釣りをしたり、スイカを美味しそうに頬張ったり、田んぼ道を楽しそうに散歩していたり。その楽しそうな姿に心が奪われた。ある日、その子は山で泣きじゃくってた。そんな姿は見たくなくて、僕は彼女を助けた。本当はいけないことだと知りつつも。僕は化かされたのさ。その子に」


言葉とは裏腹に彼は私に満面の笑みを向けてきた。私は無性に彼に触れたくなった。


「ねえ、触ってもいい?」


「・・・いいよ」


私は、彼の頭を撫でた。彼の髪はふわふわで心地の良いものだった。でも、その感覚は長くは続かなかった。何発目かわからない花火が鳴り終えたあと、彼も姿を消していた。




これは誰にも言えない恋の話。

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化かし化かされ @EI-aki-

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