株主総会
バックギャモンでは、多くのエッジな人と知り合った。アーティストのアゲハもその一人だ。ステージを見に行った。圧倒的だった。私は過覚醒を起こしたのだと教授に言われた。処方は覚えていない。そこで妄想が生まれた。次の株主総会で動議が出て、私は取締役になると思った。根拠は。私は祖祖父の代からの親族の会の一員だから。その中には、日本の黒幕と言われる人もいるから。え、そんなものが根拠ですか。薄すぎますね。
そんな時、私は仕事中に身体に力が入らなくなり倒れた。台車で保健室に運ばれた。持っていたリスパダールを飲んで、何とか意識が回復し、歩けるようになって早退した。翌日、大学病院に行くように言われた。行った。即、入院になった。2月のことだった。株主総会は3月下旬だ。私は会社の保健師に株主総会が終わるまでは、退院しないと言った。株主総会で私が取締役になるだろうことも言った。良い保健師だったのか、良い会社だったのか、それでも解雇されなかった。やはり教授という権威の力だったのだろうと、今は思っている。
1ケ月の入院。結局私は取締役にならなかった。当たり前である。
それにしても、なぜこういう妄想が出るのか。分析すると、それは現実の自分を認め難いからなのだ。昇進の遅れ。親族は東大卒も多く、みな出世している。祖父も東大卒。父も大学教授。それなのに俺は40にもなって、ということが認められない。そこで、認められる妄想を作る。それが取締役になることだったのだ。単純と言えば単純な仕組みである。
こんな事件があっても、5月には職場に復帰している。狂っていても仕事はできる。つまり、会社に行くというのは、適切な治療目標とは言えないのだろう。狂っていても仕事はできる。それは、私の初診後の12年が証明している。
株主総会。2011年の退職後、野村証券の口座を作り株主になった。株主総会は鍵だった。総会に行き、動議を出すことも考えたが、行かなかった。退職後も頻繁に元の職場や本社に電話をしていた。完全な問題児になっていた。
大学時代のサラリーマンの教科書に、起業に入って役員になる見込みが無くなったら辞めろと書いていた。その教えは守った。しかし、退職後の私は空中分解した。
治療。よく初診から12年も会社に籍を置けたものだ。これは奇跡だ。退職後の転落、いや落下は必然だったと思う。教授はそれを予見して退職を認めたのだろうか。教授はもう引退した。聞く機会は無いのかもしれない。
落下。引力には勝てない。そういうことだ。
妄想八景 白井京月 @kyougetsu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。妄想八景の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
精神疾患日誌/白井京月
★53 エッセイ・ノンフィクション 連載中 729話
私の履歴書/白井京月
★13 エッセイ・ノンフィクション 連載中 12話
狂った季節/白井京月
★19 エッセイ・ノンフィクション 連載中 30話
知識人のための36章/白井京月
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 12話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます