2話目―― 箱舟
「
男の野太い声が、
「ああ、今出るから静かにしてくれ」
そして遂に
仏間から出る時、一枚の掛け軸に目がとまった。其れは海面から二つ岩が顔を出し、
いや、
「其れはこちらの
すると昨夜胃に入れた
「
訪問先を誤ったのか? しかし近隣に家屋はない。
男は、私が邪魔だと云わん様子で、其の丸太のような体躯を伸ばしたり傾けたりし、我が家を覗こうとしている。だから私も彼に合わせ、右、左、と動いてやる。二、三、四、と重なったところで男はむすっとし、「あなた。頼子さんと関係が? 」と
時に天川が、旧家主の老婆の名を口にしていたことを想起する。其れで、「前に住んでいた老婆の事か? であれば、他界したと聞いている」と告げた。すると男は溢れん眼球で唖然とし、沈黙した
懸命に、さらに全霊を
「そう、其れで。だからお線香の香りが」
男はもう片方で私を押しのけると、遠慮もなく、家へ上がり込んでくる。
「おい、君。待ちたまえ。待ちたまえよ」
不法侵入だと脅そうとも、彼の足は
「おい、待て! そこは! 」
叫び、敷居に立った私は、光景に目を
だから私は束の間、祈っておる彼の
私は冷ややかに咳払いし、気を
あるまいよ。彼を照らす光の正体は、やはり
昨夜は怪しい花が咲き、翌、見ず知らずの男が家を冒して花に祈っている。彼の声には
「君、いい加減にしてくれたまえよ。仏壇でもあるまいし」
其れは私の声がえんやらやっと、彼の耳に達した瞬間であった。
「え? お仏壇でしょう」
「違うな。花だ」
「花? 」
男は怪を察したのであろう。困惑した様子で、「やだ、眩しい! 」と、初々しく
この男、
自惚れた私だったから、其の手の道楽は持ち合わせていないぞと
ともかくだ。放たれた花は、光線を散らす。
「綺麗な花ね。不思議な、花ね」
男。少女の様、まじまじと感嘆する。寄って来て。私の足元で。
「でも、おかしいわ。先までは、きちんとお仏壇だったのに」
私はぎょっとした。
私は一つ咳払いをし、万年床を寄せて
「私は、
私の態度に感化されたのか、男は舞台演者ならぬ形相、
「ミスグロリアス・ノアよ。ノアと呼んでくれて構わない。頼子さんもそうだったし」
「すまない。もう一度」
「ミスグロリアス・ノア」
「ミスグロアリ」
「違う。グロリアスよ」
訂正は三度に及んだ。
天陽白花 玉宮妃夏 @tamahina
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