**.八百坂澪の約束

       *



 心から楽しんでくれているような紬希つむぎに、やはりこれは打ち明けられないと、あたしは心の奥底に仕舞い込んだ。

 自殺未遂が後遺症として自殺の選択肢をのこすように、鬱病も、いらぬ置き土産をのこしていった。いや、そう言っては語弊ごへいがある。置いて行ったのではなく、まだそこにいるのだ。

 鬱病は、そう簡単には治らない。

 頼る先がなくて、命綱を求めた末に闇にまれたあたしの場合、本当に心を預けられる対象が現われてしまうと、それは二段飛ばしで依存に昇華しょうかする。意思と関係なく、意思が依存する。鬱病が治ったのではない――次のフェーズに移ったのだ。

 あの日、紬希がログハウスから現実に戻ったあと。

 が、紬希が出ていくのをずっと待っていたことは、例によって見ればすぐに分かっていた。システム上、彼女の意図は容易に伝わる。

 自分と二人きりになったログハウス。黙れば音もない、暗い空間。


『あんたにも、ひとつ、守ってほしい約束事がある』


 そこで、彼女は――あたしの真心は言ったのだ。

 平然と。顔色ひとつ変えずに。



『――あんたが先に死ぬなら、紬希も道連れにしてほしい』



 真心は、その人物の本心を代弁する。

 そして。

 ――真心は、嘘をかない。

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